Carpathia III: Episode 3 - カバ、準備完了!
ニュー・ベレンガリア、ルーン・レイク地区、アデルの家。
太陽の光が燦々と降り注ぐ中、アデルは氷や缶ドリンクで一杯の大きなクーラー・ボックスを、タウンハウスのドアから青色のSUVに運んでいた。(注1) 開け放された助手席側のドアから、カー・ステレオの心地よい音が流れていた。
カー・ステレオ: 、、、お聞きいただいたのは、アポカリプティカの「ノット・ストロング・イナフ」でした。(注2) この後も引き続き、メタル系の古典ロックを、じゃんじゃん、お届けしま〜す、が、その前に、まず、リンダさん、今日のトップ・ニュースをお願いしま〜す。 トム、ありがとう。 まず始めに、リンクス元首の子息2人が行方不明になってから、今日で、ちょうど十年が経ちました。 当時、ロスケル・レオナーは6才、弟のカグリアンは4才でした。 長期間に渉る大規模捜索にもかかわらず、手がかりは得られませんでした。 本日、レオナー家は、2人の娘と7才の息子と共に今日一日を過ごすとの明言以外、特に声明のようなものは出しませんでした。 次のニュースです。 エクイリブリア・テクノロジー社は、カルパティ連邦が計画中の都市間宇宙船大規模プロジェクトに活用するため、新規ブランド・ラインのエンジン「バルカン」の開発を発表しました、、、
アルテミス: こんなものを買った大馬鹿者は、一体、どこのどいつだ?
アデルは、運んでいたクーラーボックスを思わず落とし、氷と缶ドリンクが歩道に散らばった。
アデル: なんだよ、アルテミス。 いきなり、ビックリするじゃないか。
アデルは、膝をついて、氷と缶をかき集め、クーラーボックスに戻した。 缶ドリンクは、どれも無事だったので、安堵したが、氷は多くが車道に飛び去り、すでにタイヤに轢かれてしまっていたので、もう一度、新たに氷を入れてこなければと思った。
アデル: なんのことを、言ってるんだよ?
アルテミスは、駐めてある青色の大型オフロード車両を指差した。
アルテミス: あれだ!
アデルは、ちらりと目を向けた。
アデル: あれかい? 義母(ママ)のカバ・ザウルス・ハマーだ。 僕たちが使えるようにって、今日はバスで仕事に行ってくれたんだ。
アルテミスは、完全にあきれているような表情になった。
アルテミス: 我々は、そのとんでもない物体に乗って行くのか?
アデルは、アルテミスに対して困惑してしまい、眉を上げた。
アデル: 何か都合の悪い事でも、あるのか?
アルテミス: すごく、、、そう、、、非効率的だ! 無駄に燃料を使いすぎる! ガソリン・エンジンだぞ! 機械工学にたいする侮辱だ! そんなものよりも、馬と馬車の方が、まだ、ましではないかね?
アデルは、最後の缶を拾いクーラーボックスに入れながら、やれやれと、グルリと目を廻した。
アデル: ママの車は小さすぎるし、僕たちが持ってる車両で6人乗れるのはあれだけなんだ。だから我慢しろよ。 あっ、7人だったな。もしカオルが、また、おかしなガールフレンドを連れて来たら。
ちょうどその時、カオルが大きな紙の袋を持って手を振りながら、やって来た。
カオル: やぁ! チップスを持って来たよ。
アデル: やっ、カオル。 おかしなガールフレンドは、今回は、いないのか?
カオル: アデル。 ボンデージSMのボーイフレンドは、今回、なし?
アデル: 参りました。
アデルはアルテミスを見て、背中のバックパックが異様に膨らんでいるのに気づいた。
アデル: 2人共、手に持ってる荷物、カバ・ハマーに入れときなよ。 あ、それと、チップス、ありがと。
カオル: 大したことじゃないよ。 僕の親、また、どこかのリゾートに行ってるんだ。 だから、スナックを強奪するくらいのことはすべきだって、思ってさ。
アデル: またなのか? 置き去りにされるの、数えきれないくらいだね。
カオル: ああ、クソ親だよ。 もう必要もなくなるけどさ。 もうすぐ大学に行くんだから、そんな事に悩まされることも無くなる。
カオルは車の中に紙袋を投げ入れたが、アルテミスは、まるで誰かが盗もうとしかねないように、急に自分のバッグを固く掴んだ。
アルテミス: いや、やめておく。 ロボット工学学科に提示する、とても精密な機械が入っているのでな!
アデル: わかった、わかった。 好きにすればいいって。 紐パン、よじらせてまで、主張しなくてもさ。
アルテミスはハッとして、もう少しで、バッグを落とすところだった。
アルテミス: どうして、知っているのだ?!?
アデル: ズボン、ずり落ちてる。
アルテミスは体をひねって自分の後ろを見ようとした。 だが見れなかったので、ズボンを掴んで引っぱり上げた。
3人は、ドスンという音を聞き、車両の屋根に目を向けた。 ちょうど、リュウが翼を折り畳むところだった。
リュウ: コンチワ!
アルテミスは、信じられないように、リュウを見た。
アルテミス: ちょっと待て、あの生物も一緒に行くのか?
リュウ: 「生物」って、誰のことを言ってるのでしょうか?
カオル: もちろん、リュウも一緒だよねー? 大学で学位を取得するつもりなんだから。
アデル: 文化を知るのにも役立つと思うな。 移住して、まだ、ほんの数ヶ月だしね。 それに、アルテミス、君、リュウと仲良かっただろ。
アルテミス: ふん。 確かにそうだったが、生体実験をさせてくれないのでな。
アデル: 頭の良い証拠だね。
リュウ: それで、いつ出発するのですか?
アデル: もうそろそろ、出かけたいんだけど、、、
アデルが言い終える前に、ジェイズとトーマがやって来るのが見えた。
カオル: やっと、登場したね。
近づいて来ると、ジェイズは、手にしたカルパティ・ベスト・コーヒーのカップから飲みながら、別の手に持ったカメラを上げた。
ジェイズ: リュウ! 君は、ほ〜んとに、キュートだねー!
ジェイズがカメラを靴下に詰め込むと、リュウが宙に飛び上がりジェイズに向かって来た。 リュウは、ジェイズの肩に降り首のまわりに丸まった。
リュウ: コンチワ! ジェイズ!
カオル: リュウ、マジで聞きたいんだけど、ジェイズに犬みたいに扱われて、それでいいの?
リュウは、ジェイズに背中を撫でられると、彼の顎に鼻をすりよせた。
リュウ: もし犬がこんな人生をおくれるのでしたら、私は犬がいいです!
アデル: カオル、それは否定のしようがないよ。
アルテミス: アデルの鎖と首輪フェチのボーイフレンド達も、否定しないであろうな。
トーマ: 鎖と首輪? 故郷を思い出すな。
ジェイズ: あれは、もうカンベンしてほしいよ〜。
アデル: どういう意味?
ジェイズ: あーっ、何でもないよー。 じゃっ、行こうよっ。
アデルは肩をすくめてから、車に乗るよう、身振りで示した。
つづく。。。
本エピソードのイラスト委託作成:
Miyumon
Atomic Clover
「都市」の画像は、「SimCity 4」の画面です。
注1: 原語では"truck"という単語ですが、トラックだけではなく、四輪駆動SUV等の車両にもこの単語が使われます。 作者によると、このエピソードに登場する車両のイメージとしては、ハマー(Hummer)であるとのことです。
注2: フィンランド出身のチェロを用いたロックバンド、アポカリプティカ(Apocalyptica)の2010年のアルバム「セヴンス・シンフォニー」に収められた楽曲。