Carpathia III: Episode 5 - 砂漠の海
未知の土地
ジェイズは、自分が落下しているのか、それとも、ただ宙に漂っているのか、分からなかった。 暗黒の空間内には、目標物や基準点となるものは皆無だった。 目に見えるものは、全く何もなかった。 感じることができるものも何もなかった。 呼吸はできているものの、落下していく際の空気の流れを感じなかった。 パニック状態に陥りそうだった。 ようやく極細の一筋の光を目にした時には、すでに何年も過ぎたように感じた。 息の詰まるような完無な空間の中で、すぐに、その光に釘付けになった。
一筋の光は、ゆっくりと大きくなっていった。 やがて、光の届いている先が、見え始めてきた。 まず、オレンジ色。 そのオレンジ色に混ざるように、小さな緑色の点々が見えた。 しばらくの間、何を見ているのか断定できなかったが、オレンジ色の砂質の土とそれに混ざるちっぽけな植物だと分かってきた。 そして、オレンジ色の海岸線と、そこに打ち寄せる水のように見えるものは、変な色をしていた。 その大波小波は、どす黒く濁った黄褐色だった。
ジェイズは、やはり落下しているのだという結論に達したが、どのくらいの速度で落下しているのか見当もつかない事に気づき、恐怖で胸が締めつけられた。 ビルか何かから飛び降りた経験があるわけでも無く、地面が近づいてくる早さなんて、知る由もなかった。 だが、今、地面が自分に近づいている速度はゆっくりすぎると直感し、十分に間違いの可能性のある根拠のない安心感を、持った。
地面の小さな裂け目やちっぽけな植物が判別できるほどの近さになると、本能的に緊張した。 突然、風がヒュッーっと舞い上がり、ジェイズは固い土壌の上に荒っぽく着地した。
ジェイズ: ふぅーーっ!
着地は、ベッドから床に転げ落ちたような、一撃喰らって一瞬息が止まるような感じだった。 口中の泥と、たぶん青あざが一つか二つ出来たこと以外、ジェイズは大丈夫だった。 自分を取り巻く空気と同様に、地面も熱い事に、すぐに気づいた。 息苦しいような熱さが皮膚を突き刺し、汗が吹き出した。 背を反らせ、何処から自分が落ちて来たのかと見上げた。 頭上では、自分の体を包んでいたオレンジ色と青色の霧が舞い上がっていて、その中央には漆黒の穴があった。 そして、その漆黒の中心部分に、はっきりとは判別できないが、何か銀色と青色の物体が見え、それは、急速に大きくなってきた。
と突然、自分たちがさっきまで乗っていた車両のフロント部分が目に入り、それが自分に向かって落下して来ているのだと気づき、恐れ戦いた。 素早く身を躱(かわ)すと、それは、擦るくらいにほんの僅かなところでジェイズを外れた。 車両は、地面に衝突すると、丘をゴロゴロと海に向かって転げ落ち、半分水中に埋まって、ようやく止まった。 ジェイズは、再び、頭上を見上げた。 青色とオレンジ色の霧、そして、暗黒の空間は、消えていた。
ジェイズは車両に向かって走りだした。 水のように見えていたものに足を踏み入れようとした時、実際には、それが極小粒の砂だったのを知り驚いた。 ジェイズが足を取られなが一歩ずつ進む度、砂は、彼の足の周りに渦を巻き、水の波のようにはねかかり、そして、周りの空気よりもさらに熱かった。 細かい砂粒は、鼻や目やいたるところに入り込み、ジェイズの前進を妨げた。 ようやく進むと、壊れた窓から車の中が見え始め、誰も乗っていないみたいで安堵した。 さらに近づくと、座席やフロアも見えたが、やはり、誰もいなかった。 ポテトチップスの袋やドリンクを壊れたガラス窓から取り出すのに危険は無いだろうと思い、さらに車に接近した時、強力な静電気のような電気ショックを感じ、驚いて、後戻りした。 ためらいがちに、もう一度、足を踏み出すと、やはり、電気ショックにおみまいされた。 脚の周りには、小さな青い放電の電弧が生成し始めていた。 ジェイズは、車の中をもう一度覗き込み、乗客がいないことを確認できたことに満足すると、体の向きを変えよろけながら岸に戻った。
岸に戻ると、服や目鼻から、出来るだけ砂粒を落とそうと試みた。 と突然、靴下の中に隠してあったカメラの事を思い出し、それを取り出した。 微粒な砂粒が隙間に入り込んでいたが、おおむね、大丈夫そうだった。 ジェイズは、砂粒を息で吹き落としてから、カメラの電源を入れた。 砂や静電気の影響は無かったようで、ちゃんと動作した。 動作確認に満足すると、電源を切ってから、靴下に戻した。
砂自体、とても不思議だった。 ジェイズは、ただの好奇心から、波際に戻った。 砂の小さな波紋が岸際に打ち寄せ、パッと消滅した。 ゆっくりと砂の中に手を入れ、観察した。 持ち上げると、乾燥していて奇妙にも浮力があり、手の中の渦巻き模様を見ていたら、すぐに吹き飛ばされていった。 その砂は、様々な面において、まるで水のように行動するようだったし、また、指がピリピリした事から、電気を帯びているようだった。
しかし、砂で遊んでいる暇はなかった。 ジェイズは、もし友人たちもここに来ているのなら、はやく見つけ出さなければならなかった。 だが、自分がどこにいるのか、はたして、自分が知るどこかの惑星にいるのかさえ、分からなかった。 真昼の太陽は、暑苦しく、すぐ近くにあるような感じがした。 自分の知る限り、ニュー・ベレンガリアには、このように過酷な土地や気候には似ているような場所さえ、存在しなかった。 ギャラ・フォン(宇宙電話)をポケットから取り出した。 受信圏外だった。 惑星ニュー・ベレンガリアは、その全域が受信エリアになっているはずなので、もはやニュー・ベレンガリアにいるのではないという事が証明された。 電話をポケットに戻してから、辺りの様子を見るため、丘陵を登った。
後方から右側にかけて、砂の海が、地平線まで広がっていた。 左側には、緑とオレンジ色の平地以外、何もなかった。 前方には山脈があった。 だが、誰もいなかった。 友人たちの痕跡はなかった。 動物も、昆虫さえも、いなかった。 誰かが応答するかもと期待ながら、大声で叫んだ。
ジェイズ: トーマ!
耳に入るのは、渦巻く砂と風の音だけだった。 より大声で、叫んだ。
ジェイズ: トーマ!!! トーーマーーッ! アデル! リュウ! カオル!
誰からも返事はなかった。 ジェイズは、あせりが募ってきた。
ジェイズ: アルテミスでも、いいよー。
風と砂海がうねる音以外は、何も聞こえてこなかった。 もう一度、叫んでみようとした時、雷が落ちたような轟音が聞こえ、体中に振動を感じた。 音のした方角に体の向きを変えると、嵐が砂の中から吹き上がってくるのが見え、愕然とした。
稲妻が3つ、ジェイズを狙い撃ちするかのように、続けざまに、だんだん距離を縮めながら、足下付近に落ちた。 咄嗟に、ジェイズは、反対の方角に向かって、精一杯、走った。
走ると、熱気は堪え難いほどになった。 水を見つけられる可能性を期待しながら、山脈に向かって行くと、汗が多量にふきだした。 だが、いくら走れど、山脈は近づいているようには見えず、それに加え、脱水症状なのか、それとも、電撃ショックのせいか、両方なのかもしれないが、体が衰弱してきたのを感じだした。 だが、それよりも、脚がグラグラしてきて、それ以上は進む事ができなくなってしまった。 ジェイズは、地表のすぐ下に水があるかもしれないという空しい望みから、倒れ込んで地面を引っ掻いた。
どれくらい時が経過したのか分からなかった。 どれくらい長い間、泥にまみれて地面に伏していたのだろうと思いながら、まるで、自の精神がどこかに離れて行ってしまったかのように、うわの空で地面をひっかいた。 おぼろげに、人の姿が2つ、近づいて来るのが見えたが、それが、本物なのか、想像の産物か、それとも幻覚なのか、分からなかった。 2つの姿は、ジェイズを見おろしながら会話をしていたが、その内容ほとんどが、耳から耳へと通り抜け、ジェイズの頭の中には留まらなかった。
声1: この男に間違いないな。
声2: だけど、一人だけかよ?
声1: 他には、いないようだ。
声2: 年長だぞ、こいつ。 ここで、殺っちまおうぜ。
声1: バカか、お前は。 サーティーン様の指示どおりにしろ。 見つけたら、どんな奴でもいいから、連れて行く。
声2: 収穫、一人だけだったら、どっちにしろ、怒鳴り散らすにきまってるぞ。
声1: だったら、一人も連れて帰らなかった時、どうなるか想像できるだろ。 さあ、早くこいつを拾っていこう。
声2: ハイ、ハイ。 でも、年長組は、ほんと、厄介だぜ。 規律、乱したら、俺が始末するからな。
ジェイズは、その会話が本物か夢なのか、はっきりとは分からなかった。 頭は、ますます、朦朧(もうろう)としてきて、聞いたとたんに、ほとんど忘れていくようだった。 何かが腕を下から掴み、体が持ち上げられようとするのを感じた。
声1: お前、自分の立場、分かってるのか。 私が許可を与えない限り、余計な事は何もするな。 さあ、こいつの片方の腕を掴め。
ジェイズは、自分の別の腕が乱暴に掴まれるのを感じ、そして、体が持ち上げられた。 気を失う前の最後の記憶は、砂漠の上をだらりと引きずられている事だった。
つづく。。。
本エピソードのイラスト委託作成:
Miyumon
「都市」の画像は、「SimCity 4」の画面です。
「砂漠の嵐」(「SimCity 4」より)画像加工: Jporter