第1巻 エピソード2 - 寿司

惑星ニュー・ベレンガリア、ルーン・レイク地区、ルーン・レイク高校

アデルは、それほど居眠りせずに、午前中のクラスを何とかやり過ごせそうだった。 不思議なことに、だんだん気分が高揚してきた。 ランチタイムが待ちきれなくて、そのせいで、たぶんアドレナリンの分泌が多くなりすぎてるのだろうかと、なんとなく考えていた。 とにもかくにも、終業時間まで持ちこたえれば、やっとのこと、睡眠をとれるのだから、どんな事が起きようと構わなかった。

待望のベル音が、ついに鳴った! 4時間目のクラスが終わり、残りあと2つだ。 午前中のクラスは、1つだけ、ミタニと同じだった。 ミタニは何度か、アデルに憎しみのこもった眼差しを向けたが、話しかけようとはしてこなかったので、助かった。 そんな事よりも何よりも重要なのは、次は、ランチタイムだ。 彼はジェイズとカオルを見つけに行こうとしたが、その必要はなかった。 ジェイズが、すでに彼に向かって歩いて来た。

ジェイズ: やあ、寝坊助坊やちゃ〜ん、もう、行ける?

アデルは眉を上げた。「坊やちゃ〜ん」? アデルは、2週間くらいは学校での生活に落ち付くことに専念してから、生徒たちの「交際」状況や「出会い」関係の情報収集をし始めるつもりだったが、膝の上に転がり込んできたチャンスを、みすみす取り逃がしたくはなかった。 が、気にかかる事がある。 カオルって、ジェイズにとって何なのだろうか? 注意深く観察した結果、ジェイズの「気のある素振り」は、自分の単なる妄想ではなく、本物だと確信できていた。 ジェイズの耳は、可愛くピクピクと動きながら、アデルの言葉を待っていた。

アデル: ああ、行けるよ。 急いだ方が、いいのか?  ランチタイムって、短いのかな?

ジェイズ: 1時間半あるから、全然、余裕なんだけど、レストランに出来るだけ早く着かないとね。 いい席は、すぐに取られちゃうから。

アデルは、バックパックにタブレットや本を無造作に放り入れると、それを背中にかけた。

アデル: レッツ・ゴー!

ジェイズ: 準備万端だねー! カオルは、ロビーで待ってるよ。


寿司レストラン

アデルが、今朝、その寿司レストランに気づかなかったのは、眠たすぎてほとんど目を開けていられなかったからにちがいない。 この店を見過ごすのは、よほど注意散漫でないかぎり、不可能である。 敷地・建物全体は昔風の歌舞伎劇場のようにセッティングされ、ごてごてと飾り立てられた外観は、周りの風景に調和していない。 正面玄関の庭は、まるで、装飾物の障害物コース。 ゴールにたどり着くには、のらりくらりと曲がりくねった小道に沿って、噴水やパラソル傘や植木をすべて、避けなければならない。

アデル: めちゃくちゃな所だね、ここは。

ジェイズ: ほんと、そうだよねー。 とにかく、早く中に入ろうよ、いい席が無くなっちゃう前にー。

店内は2つのエリアに仕切られている。 テーブル席にウェイトレスが給仕する高級レストランのエリアと、回転寿司のエリアである。 回転寿司の方では、近代的な回転ベルトコンベアを、巧みに、木と漆喰で伝統的な感じに見せている。 それぞれ2貫(かん)の寿司を載せた皿は、ベルトコンベアのあちらこちらで、カチャカチャと音をたてている。 皿の色は、寿司の値段を表していて、色が濃いほど、値段が高い。

3人は、寿司がコンベアに載って出てくる場所のすぐ近くの席に着き、皿を取り始めた。 ジェイズは、すぐに一度に4皿も取り、わさびや醤油をつける手間すらかけず、いきなり食べ始めた。

カオル: アデル、君の事、教えてくれよ。

カオルは、コンベアから黄色の皿を取った。 それから、小皿にわさびを少し取り、その上に醤油を注いだ。 アデルが話しだすと、カオルは、わさびと醤油を混ぜだした。

アデル: たいして話す事なんて、ないけど。 8才まで、この地区に住んでて、その後は、父さんとアンドラストで暮らしてた。 この惑星ニュー・ベレンガリアで、どこかの大学に進学したいし、それに、母さんと一緒に暮らせるしさ、それで、戻ってきたんだ。 今の内からここに住んでれば、大学をいろいろ見て回れるし。

アデルは、新鮮そうな白身魚の寿司が乗った緑色の皿を、手にした。 彼は、わさびを寿司の上に塗りたくった。 ジェイズは、2皿目に取りかかった。

ジェイズ: 8才になるまで、ここに住んでたの?

アデル: そうだけど。

席に着いてから初めて、ジェイズは、口の中の物を飲み込んで、食べるをの止めた。

ジェイズ: うーん。 きっと、僕たち、別の小学校に行ってたんだね。 君の事、見覚えないから。

アデルが寿司を口にしようとした時、ジェイズはゆっくりアデルの方に頭を向け、大げさに、にやにやした。

ジェイズ: 君みたいな子、忘れるはずがないもんね。

アデルは食べるのを急に止め、赤面した。 カオルは笑い始めた。

カオル: ジェイズ、いい加減にしろ!

カオルは、寿司を口に入れ、噛みながら笑わないようにした。

アデル: なんの事だよ?

アデルは、寿司を口に入れた。 ネコ民族とのハーフであろうがなかろうが、ジェイズがこのレストランを気に入っている理由が、アデルは分かった。 その寿司は、マイルドな食感と風味のバランスが、絶妙だった。

ジェイズ: 君が僕の事をずっと見てたから、ちょっと、からかっちゃった、ごめんね。

カオルが1皿目を食べ終えるのと同時に、ジェイズは3皿目に手をつけた。 ジェイズは、まだ食べていない皿が、もう1皿あるにもかかわらず、ベルトコンベアを凝視していた。

アデル: バレてた?

カオルは、ベルトコンベアから、さらに、黄色の皿を手に取った。

カオル: クラス中全員に、バレバレだったさ!

アデルは、恥ずかしがるべきなのだろうかと思案しながら、とりあえず、口の中に寿司を詰め込んだ。 ジェイズがアデルの背中を、優しく撫でた。

ジェイズ: 気にしないでよ。 僕は、いい気分だったよ。 僕の耳が好きなのかな?

ジェイズは、とても可愛いらしく、耳をピクピクと動かした。

アデル: 君の耳、好きなのは認めるけど。

ジェイズ: 心配無用だよ。 もう、慣れてるもん。 僕って、ゲイ達の間で宇宙一人気の、『生きるフェチ対象具』みたい。 誰でも、僕の耳をつねろうとするんだよ。

カオル: お前のお父さんを見たら、誰もそんなことしないよ。

ジェイズは4皿目を食べ終えると、コンベヤから、もう2皿を取った。 アデルも、コンベアに目をやり、次は何にしようかと決めようとしていた。

ジェイズ: 僕の父さんは、ネコミ人だよ。 でも、怖がる事ないよ。 威圧的な感じだけど、単に図体がでかいだけの可愛いい猫ちゃんだよ。

ジェイズの、場を和(なご)ませる性格とユーモアのおかげで、アデルは、さらに、くつらいで来た。 何も考えず、アデルはコンベアから別の皿を手にした。 彼の食欲は、突然無くなった時と同じように、突然戻ってきた。

アデル: それでさ、ちょっと確認したいんだけど、君、ゲイだよね?

ジェイズ: そうだよ。

アデルは安堵して、ため息をついた。

アデル: まあ、少なくとも一つは、勘が当たったな。 それで、君たち2人は、、、

カオル: カップルかっ、て? 違うよ、全然。 僕はストレート。 こいつは親友さ。

ジェイズが5皿目と6皿目をガツガツやってる間、アデルは、2皿目を食べ終えた。 カオルは、コンベア上の次の選択肢に目をやっていた。

ジェイズ: 今は誰とも付き合ってないけど、妙な気は起こさないでよ。 デートとかって、面倒だもん。 休業中。 そういえばー、最後に付き合ったの、ミタニだったよ。

アデル: そうなんだ? 彼について何か知ってるのか?

ジェイズ: あんまり知らないよ。 一度だけデートしたんだけど、最悪だったんだよ。 ミタニは自分の事ばっかり、ボソボソ、延々と、しゃべってたよ。 いっぱいしゃべってたけど、僕は全然、話の内容、覚えてないよ。 ほとんど無視しちゃってたから。

アデルは、コンベアから、さらに2皿、取った。

アデル: あいつ、僕を知ってるみたいなんだ。 小学校の時に知り会ったんだと思うけど、その頃の事、何も覚えてない。 ミタニのファーストネームは、なんなんだ? ラストネームで呼ぶ特別な理由でも、あるのか?

カオル: ファーストネームは、「ネージュ」だよ。 「ミタニ」って呼ばれるのが好きなんだっていう事しか知らないな。

ジェイズ: 僕が知ってるのも、その事だけだね。 誰かが言ってたけど、「ネージュ」(Neige) って、「スノー」て言う意味なんだって。 どうでもいい話だけどね。

アデルは、寿司をゆっくりと口に運んだ。 噛みながら、「ネージュ」という名前をおもいだそうと、遠い昔の記憶を呼び戻していた。

アデル: だめだ〜、昔の事、全然、思い出せないよ。

ジェイズ: まぁまぁ、そんなマジな話は置いといて、僕たち、もうダチなんだから、​​ここは楽しく陽気にね。

アデルは、満腹に近づいてきたので、何かちょっと違う小さめのものはないかと、コンベアの上に目を走らせた。 すると、刺身を載せた皿が、カチャカチャいいながらやってきたので、それを手に取った。

アデル: 了解。で、聞いてもいいかな? 昼食に招待してくれた、本当の理由。 僕の事、知らなかったのに、どうして?

ジェイズ: 君って、ネコミ人やネコヒューマン人との接し方、よく分かってるみたいだなーって思ってね。 それで、興味が湧いちゃった。

アデルは、刺身を醤油につけた。

アデル: まあ、アンドラストには、ここよりも、ずっと多くのネコミ人やネコヒューマン人がいるけど、でも、それほど大した違いはないだろ?

ジェイズの言葉を待ちながら、アデルは、刺身を一口食べた。

ジェイズ: 今朝、話しかけてきた時、僕のシッポを撫でたよね。 ここの惑星の人は、そんな接し方、知らないよ、ほとんどの人はね。 たいてい、ぐいぐい引っ張るだけだよ。

アデル: すごい無作法だな。

カオルは、コンベヤから、さらに別の黄色の皿を取りながら、くすくす笑った。

カオル: ジェイズは、みんなからシッポで遊ばれるのが好きなんだろうな、って、思うけど。 俺が出会ったのも、それだったし。 子供だった頃、ネコヒューマン人って、それまで見た事なかったからさ、こいつのシッポを撫で回すの、止めれなかったよ。

アデルは、ジェイズの近くに身を乗り出し、彼の耳にとても優しくささやいた。

アデル: そのシッポで、いろんな「お楽しみごと」、絶対、いっぱい、やってるだろ。

たちどころに、ジェイズの顔は、コンベアの上を愉快そうにゴロゴロと運ばれてくる刺身並みに、鮮かな真っ赤になった。

アデル: 人の事は、いろいろと評論するくせに、自分の事となるとダメなのかな〜?

アデルが笑うと、ジェイズもにやついて、ふざけた様子でアデルの脇腹を肘で突いた。

ジェイズ: もー、そうゆうのは反則、止めてよね!

カオルは、2人のやり取りを、困惑した笑顔で見ていた。

カオル: 今度は、俺が蚊帳(かや)の外だな。

アデルは、コンベアから、もう1皿、刺身を取り、新しい友人たちとの会食を続けた。


つづく。。。


本エピソードのイラスト委託作成:
Miyumon
Atomic Clover

「都市」及び「宇宙船」画像は、「SimCity 4」の画面です。


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