第2巻 エピソード1 - 異郷

宇宙、CMSノーザンクロス

カルパティ・スターラインズの旅客船「CMSノーザンクロス」は、アンドラスト、ニュー・ベレンガリア、金星の3惑星間を定期運航している。 そのメインラウンジでは乗客がひしめき合い、雑談や飲食したり、眼下に迫る星々を眺めたりしている。 この船によるアンドラストと惑星ニュー・ベレンガリアのニュー・カルパティ連邦とを結ぶルートは、一週間の行程となるため、船内には、乗客が快適にすごせるように、様々な設備を備えている。

乗客の大多数は人間だが、普段は自国船での旅行を好むネコミ人も、この旅客船には、若干、見られた​。 そんな中、最高潮に噂でもちきりになっている二名の乗客がいた。 これまで、彼らトッキ人が、カルパティ・スターラインズの旅客船で見られた事は、一度もなかった。

他の乗客たちは皆、興味津々だった。 トッキ人の事を全く知らない者もいた。 ニュー・カルパティがトッキとの国交を樹立するまで、何世紀もの間、彼らの存在は秘密にされていた。 乗客たちは、ロックスターのような奇抜な身なりをした2人に、こっそりと視線を向けていた。

2人の内の若い方の男、トーマは、自分の周りの出来事には、まったく無関心のようだった。 全神経を、手にしたゲーム機に集中させていた。 もう一人の男、クラディックは、背もたれに身をゆだね、クラブソーダのグラスを撫で回しながら、群衆鑑賞を楽しんでいた。

クラディック:人間たちの社会には、到底、なじめそうにないな。 変な服装だしな。

トーマは、まだゲームに没頭していて、全く関心を示さなかった。

クラディック: お前は、もうちょっと社交的にならないとな。 一年間、人間たちの間で生きていくんだぞ。

トーマ: カルパティの学校に転校したいなんて頼んでないけど、パパ。

クラディック: いい加減にしろって。 滅多にないチャンスじゃないか。 お前は、ほとんどの人間にとって、生まれて初めて目にするトッキ人になるんだぞ。

トーマ: ほ〜んと、すっごくエキサイティング。

トーマの声には、はっきりと、皮肉が込められていた。 クラディックは、話題を変える事にした。

クラディック: もうすぐ、到着する必要はずだ。

トーマ: やっとだね。 なんで、このボロ荷船で来たのか理解できないけど。 トッキには、もっと速い船、あるのに。

クラディック: でも、こういう旅も、いいだろ? カルパティの人達は、今でも昔ながらに、船旅そのものを楽しんでるし、宇宙旅行のスリルも味わってる。 船内をいろいろ歩き回ったりできるし、娯楽設備もあるんだぞ! 技術優先で実用本位なトッキの宇宙船で旅行するのとは、全く違う。

トーマ: 人口重力が強めにしてあるから、歩くの大変。 足が痛くなってくる。

クラディック: もう、そろそろ、慣れただろ。 ニュー・ベレンガリアの重力と同じに調節してあるんだ。 到着前に、重力に慣れておけていいじゃないか。

トーマ: どうでもいいけど。

トーマはゲームに目を戻した。 クラディックは、また、椅子の背にもたれかかって、人間観察を再開した。 彼は自分が人々の注目を集めているのが、とても嬉しいようだった。 相手の反応を伺うため、微笑み返す時もあった。 すると、何気ない素振りで視線を逸らしたり、大慌てでラウンジから恥ずかしそうに逃げ出したりと、人々の反応は様々だった。

しばらくして、船内放送の声がした。

皆様、船長より、ご案内いたします。 まもなく、ニュー・ベレンガリアのクロノ・スペースポートに到着いたします。 どうか、客室にお戻りになり、お手荷物の確認など下船のご準備を、お願い致します。 皆様には、CMSノーザンクロスで快適にご旅行していただけたかと思っております。 今後のご旅行の際にも、ぜひ、カルパティ・スターラインズをご利用いただきますよう、お願い申し上げます。 ありがとうございました。

クラディック: やった! 荷物を取りに行こう!

トーマ: あぁ、そうだね。

2人は、ラウンジを出て、船の側面に沿った廊下を歩いて行った。 窓からは、船が着陸地点に向かって下降するにつれ、段々と大きくなってくるクロノスペースポートが見えた。


翌日

トリ・リバーズ、 トッカストリア大使館

在ニュー・ベレンガリアのトッカストリア大使館は、トリ・リバーズと呼ばれる3つの河川が合流する地区に、建設された。 もともとは工業地帯であったその地区に、土壌洗浄と美化清掃が行われた後、公園と二棟の高い塔と共に、その大使館を、設置することとなった。

大使館は、要人もてなし用の特別娯楽船を、所有している。

トーマは、大使館の正面入口の前に立ち、イライラした様子で、トントントントンと片足で踏み鳴らしていた。 多孔質の石灰岩のパティオに、その足踏み音は反響していた。 ようやく、父親が急いでドアから出て来て、トーマの方にやって来た。

クラディック: ああ、遅くなってすまんな!

トーマ: 僕の人生台無し計画を企ててるんだったらさ、少なくとも、自分で企てた計画の遂行には時間厳守してよね。

クラディック: 口の減らない奴だな、ほんとに、お前は。 まあ、まだ間に合うさ。 さあ、車に乗ろう。

2人が飛び乗ると、リムジンはすぐに発車し、通りをうねるように進んで行った。 2人はほとんど言葉を交わさず、トーマの顔には、いつものしかめっ面が張り付いたまま固定されていた。 車は、専属運転手の華麗な運転技術のおかげで、ルーン・レイク高校に時間どおりに到着した。

トーマ: ここ〜? マジじゃないよね。

クラディック: 大マジに決まってるだろ。 この学校は、トッカストリアとの交流プログラムを行っているニュー・カルパティ唯一の高校だ。 お前が、交換留学生第一号になるんだ。 さてと、入ろうか。 まず、お前のホームルーム担任の先生と会わないとな。

トーマ: ホームルームって、なに?

クラディック: さっぱり見当もつかないな。 でも、すぐに分かるさ。

2人は、リムジンから降り、校舎に入って行った。 教員室に向かう廊下では、あっけにとられた様子の生徒たちが、ぽかんと開けた口を閉める慎みさえもなく2人をじろじろ眺めた。 トーマは、手元のホログラムゲーム機に集中することで、生徒たちを無視した。 ドアのところで2人を出迎えた担任の先生は、とても熱意を込めて歓迎の意を表わした。

マクファーデン先生: ようこそ! 予定通りに来ていただけてよかったです。 君の新学期の担任となるのは大変光栄だよ!

クラディック: 恐縮です。

クラディックがトーマの方に目をやると、当の息子は、まだビデオゲームに没頭していた。 軽く、トーマを、突いた。

クラディック: 先生に、あいさつしないとだめだろ。

トーマは、ゲーム機から顔を上げさえせずに、一言、発した。

トーマ: やっ!

クラディックは、ただ、肩をすくめ、マクファーデン先生は自分のオフィスを手で示した。 クラディックとマクファーデン先生の懇談は、ほとんど、食事に関しての注意事項(肉類、カフェイン、カルシウムを含有するものは、何も摂取しない)の確認だった。 時折、彼らの会話は、トーマの方向から聞こえてくる、皮肉なコメントと相まった「ぶつぶつ」という不満を表しているような音によって、中断された。 確認が終わると、クラディックは部屋を去り、トーマの面倒を先生に託した。

マクファーデン先生: それでは、行く事にしようか?

先生は鞄を手にすると、トーマを連れて出た。 トーマは、好奇心丸出しの学生達の視線を避ける為に、なるべく先生の近くを歩いた。 彼らの声もできれば避けたかったが、トーマからすると、人間って奴らはとても騒々しく、ヒソヒソ話す声ですら、ほとんど全部、耳に入って来た。 「あいつの耳、すごいぞ!」 「綺麗なイヤリングね!」 「彼、かわいい!」 やっと教室までやって来て、まず、先生が中に入った。

マクファーデン先生: 僕の隣に立っていてくれ。 最初に、君を、みんなに紹介するから。

トーマは、戯(おど)けた様子で、にやにやしながら両目を廻して言った。

トーマ: ほんと、待ち遠しいね。

生徒達は皆、大急ぎで席に着こうし、その際の机や椅子が床をこする音は、トーマにとっては、我慢できないくらいの不快な大騒音だった。

マクファーデン先生: みんな、着席して! 今日は、まず最初に、新入生のトーマ・ラパン君を紹介する。 彼はトッカストリアから来た交換留学生だ。 みんなも知っているだろうが、トッカストリアの大使館がつい最近、完成し、彼らは文化交流の促進を熱望している。 もっと早くに、この事を、みんなに知らせてなかったのは悪かったが、学校側も、最後の最後まで、実現するかどうか確信がなかったんだ。 でも、みんなが、、、あぁっ、、って、

先生は困惑の表情で一瞬、話すのを止めた。 先生が再び話し始めるまで、生徒達は、何がどうなってるんだろうと思った。

マクファーデン先生: ええと、ジェイズ、トイレに行きたいのか?

ペンギンの群れが一同に連帯動作するように、部屋中のすべての顔が、一斉に同時に、部屋の奥に座っているジェイズの方に向けられた。 そして、生徒達は、先生が一瞬言葉を失った理由を、理解した。 ジェイズは目を大きく見開き、ガタガタと震えていた。 しばらくの間、教室は、全くの無音状態だった。 トーマにでさえ、この状況は、面白くみえた。

ジェイズ: ウサギぃぃー!!

そして、ジェイズの姿は消えた。 彼は、その言葉を思わず発するやいなや、椅子を蹴り飛ばして机の下に潜り込んだ。 椅子が床全体に、大きな音を立てた。 誰も目線を移動させていないのに、見えているのは、空席のように見える机だけだった。 その机は、恐怖に怯えて足を抱え込んで震えるジェイズの動きに合わせて、小刻みに動いていた。

トーマは楽しんで見ていた。 この時だけは、彼の顔に永遠に張り付いたしかめっ面が、徐々に口の端が上向きになっていき、わずかな笑顔に変わった。

トーマ: さっき先生の部屋で言った事、全部取り消すよ。 ここは、面白くなりそうだね。


つづく。

本エピソードのイラスト委託作成:
Catnappe143
Miyumon
Kurama-chan

「宇宙船」Photoshop画像修正:
Jporter

「都市」の画像は、「SimCity 4」の画面です。

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