第2巻 エピソード2 - 寿司以外

惑星ニュー・ベレンガリア、ルーン・レイク地区、ルーン・レイク高校

その日の2時間目のクラスの終わりに近づき、マクファーデン先生は、授業のまとめにとりかかろうとしていた。 が、問題のある生徒達のせいで、うまくいかなかった。

マクファーデン先生: アデル!ミタニ! もう一回だけ、注意するぞ。 授業中は、ふざけ合うな!

アデルとミタニは、2人とも、すぐに姿勢を正した。

アデル: すいません。

ミタニは何も言わず、その代わり、アデルに目配せと意地悪そうな笑顔を、投げかけた。

先生が授業を再開しようとした時、ベルが鳴り、その直後から、教室内は、生徒たちが本を閉じたりタブレットをバッグに入れたりと、ざわめきだした。

先生は、その騒音に負けないように大声で言った。

マクファーデン先生: 今日の宿題は、86ページにある短作文の練習問題を完了すること! 僕のアカウント宛に送信することを忘れるなよ!

先生が話している間、生徒達は自分の事にかまけていた。 たとえ、生徒たちの中に先生の声に耳を傾けている者がいたとしても、よそ見したり、ぼんやりしていて、集中を欠いていたならば、宿題の内容を正確に把握できなかっただろう。

マクファーデン先生: アデル、ミタニ、ここに来い!

その先生の言葉に他の生徒たちは気づきもしなかったが、アデルとミタニは、手を止めて先生の方に目を向けた。 2人は、顔を見合わせてから、教室の前方へ歩いて行った。

マクファーデン先生: 君たちの仲がいいのは、とても良い事だ。 だが、授業中に、お互いに戯れ合うのを止めない場合、君たちの席を離すからな。 分かったか?

ミタニ: だけど。。。

マクファーデン先生: 議論終了。

先生は鞄を掴むと、それ以上何も言わずに出て行った。 アデルとミタニは、互いに目を合わせた。

アデル: 僕たち、授業中は大人しくしてないといけないね。

ミタニ: そおだな。

トーマ: 変な所だね。 ここで、普通(ノーマル)に振る舞ってるのって、君たちだけだよ。

その声に、アデルは少しビクッとし、ミタニは眉をつり上げた。 2人が振り返って見ると、トーマは、両腕を胸の所で交差させ顔にはいつも通りのしかめっ面を浮かべていた。 彼は少し離れて立っていて、わざと距離を置いているように見えた。

アデル: 君、トーマ?

ミタニ: 俺たちの事、「ノーマル」って言った?

トーマ: 君たち人間は、自身の周辺距離感に過敏みたいだね。 さっき、あそこに居る女の子が、トッキ式の挨拶をしてくれって言うから、そうしたんだけど、怖がらせたみたいだ。

ミタニ: かもな、でも、もっと近く来いよ。 俺は、ミタニだ。

アデル: 僕は、アデル。 伝統的なトッキ式挨拶って、どんな風にやるんだ?

トーマは、少なくとも人間の基準で安心できる距離まで、ためらいがちに、少し進み出た。 しかし、アデルの質問に答える前に、カオルが彼らに所にやって来た。

カオル: 君、トーマだろ? カオルだ。

カオルは握手を期待して手を出した。 が、カオルは、トーマが握手が何かって事をたぶん知らないだろうと、急に気づき、自分の掌を閉じ、腕をばかっぽく上げ下げした。 トーマはそれを見ると、うわべはしかめっ面のままだったが、カオルの動作を、面白がっていた。

カオル: 君たちは、握手ってしないんだろうね。 トッキの伝統的挨拶を、やってみせてよ。

アデルとミタニは無限大の歓喜を心に秘め、ニヤニヤしていた。 2人には、一体どんな事が始まるのかは見当もつかなかったが、カオルが絶好のタイミングで自らを巻き込んだのは、明白だった。

トーマはため息をついて、目をぐるりと廻した。 そして、頭を下げて、カオルの顔を凝視すると、トーマの表情はさらにしかめっ面になった。

トーマ: 分かったよ。 逃げないって約束してくれるならね。

カオルの目が大きく見開いた。 ようやく、自分が何か余計な事に首を突っ込んでしまったと気づき、今は、それがとんでもない事でないよう、絶望的に願っていた。

カオル: うーん、たぶん、大丈夫かな、、、?

トーマはカオルに近づいて、だんだん、距離を縮めていった。 一歩づつ接近するにつれ、カオルは、自分がとんでもない状況に突入して行くのを確信していった。

トーマはカオルに体を押し付けると、そのままカオルを抱きしめた。 そして、カオルの耳をつねってキスをすると、カオルはカチカチに硬直した。 トーマが一歩後退すると、カオルの体は直立不動のままで、目は大きく見開かれていた。 アデルとミタニは、ぽかんと口を開けたまま見ていた。 だが、それは、アデルとミタニだけではなかった。 教室に居たほとんどの生徒が、トーマとカオルに注目していた。

ミタニ: 俺も、トッキの伝統的挨拶をしたいぜ!

アデル: 僕も!

トーマは黙ったまま、向きを変えると、しかめっ面がより深くなった。

アデル: 、、、じゃ、ないよ。

ちょうどその時、教室のドアが開き、ジェイズがハンカチで手を拭きながら入って来た。 手を洗いに行っていて、ここで起こった事を何も見ていないようだった。 ジェイズは、カオルの真後ろから歩いて来たので、カオルの陰になっているトーマの姿は、彼の視界に入っていなかった。 トーマがそこに立っているとは、全く、気づかなかった。

ジェイズ: ねぇ! 次の授業の後、寿司を食べに行かない? 僕は、もう、腹減ってて、、、

カオルが振り向くと、後ろにいるトーマがジェイズの視界に入った。 ジェイズは固まった。

ジェイズ: イィィィィーッ!

誰かが、ジェイズをなだめようと声をかける間もなく、ジェイズは向きを変え走りだした、できるだけ早く離れようと、猫のように四足歩行で、走って行った。 教室のドアを抜けて廊下まで、上向きの尻尾が宙に浮かんで動いて行った。 廊下から、次の授業の先生が教室に向かって廊下を歩いて来るのが、聞こえてきた。

先生: ジェイズ! 廊下を走らない!

カオル、アデル、そしてミタニは、ジェイズが逃げ去るのを見て困惑した。 トーマのどこにも、間接的にでさえ、恐れる部分は無いように思えた。 常識的にみて、相手に強迫観念を与えるような部分は、全く無かった。 再び、トーマのしかめっ面は、寛大な言い方をすれば、笑顔と呼べるものに変わった。

トーマ: あいつ、気に入った。


ダイナーにて

昼休み時間に、アデル、ミタニ、カオルとジェイズの4人は、ぽかぽか陽気の中、屋外のテーブル席に腰を下ろしていた。 楽しいランチではあったが、時折、突風がテーブルに置かれたナプキンを全部、吹き飛ばしそうになる事態に悪戦苦闘した。 彼らは、トーマの事を、気軽な感じで話題にしようとしていた。 もちろん、ジェイズは、除かれるが。

ジェイズ: 今日は、あの寿司屋に行かなかったけど、分けわかんないなー。

ミタニ: ジェイズ、さっきも言っただろ。 この3週間、毎日、寿司、食ってたんだぞ! たまには、気分転換に、別の物を食べたっていいだろ。

ジェイズ: わかったよ。 ちぇ〜っ。

アデル: カオル、全然、喋らないね。

カオル: ファースト・キス、だったんだ。。。

アデルとミタニは、大笑いした。

ミタニ: あんな事、気にしてんのか? あいつの話、聞いただろ。 あれは、ただの挨拶だったんだぞ。

アデル: あれは、ファースト・キス扱いには、しなくていいよ。

ミタニ: あいつが、舌をお前の喉奥まで入れてなかったら、何も意味はない。

アデル: その通り。 でっ、どうっだったの?

カオル: トーマは、舌なんて入れてこなかったよ!

アデルとミタニは再び笑った。 ジェイズは、ずっと、しかめっ面を保持してたが、ついにもはや自制がきかず、2人に向かって叫んだ。

ジェイズ: あのウサギには、近づいちゃダメだよ!

他の3人は、手を止め、ジェイズを見た。 今以外に、自分たちが抱いている疑問をジェイズに質問する機会は、ないように思えた。

アデル: ジェイズ、、、君とウサギの間に、何かあるの?

カオル: 僕もその事、聞きたかったんだ。 ウサギにキスされたけど、そんなに悪くなかったけど。

ミタニ: よかったんだろ!

カオル: うるさい。

カオルを今一度、からかっている間に、彼らはジェイズとウサギの件を、もう既に忘れてしまっていた。 ジェイズがアデルの質問に答える準備が出来ていた事にも、気づかなかった。 彼らの注意はカオルに向けられていたが、ジェイズは鞄の中をかき回して、大きな薄い絵本を取り出し、テーブルの上に投げつけた。

ジェイズ: 僕の事を信じないんだったら、この本を見てよね!

アデルが、本を手にした。 新品のように見えた。 表紙をめくると、本が軋(きし)んで背紙に亀裂が入った。 アデルは、くっつき合ったページを剥がすのに手間取りながら、めくった。 明らかに、その本は、あまり読まれていないか、もしかしたら、一度も開かれてさえいなかった。

アデル: まるで、新品本みたいだね。 「ネコミの神話と伝説」。

アデルは、裏表紙を開いて、日付スタンプを見た。

アデル: 図書館から借り出した人、君以外に、いないみたいだね、ジェイズ。 それで、この本がどうかしたの?

ジェイズは、胸の上で腕を組んで前屈みに座っていた。 目を向ける価値さえ無いかのように、意識的にその本から目をそらしていた。

ジェイズ: 真ん中辺りのページを、めくってみてよ。

アデルは、その本をめくるのに少し手間取った。 簡単にめくれるページも時にはあったが、くっつきあったページをはがしながら、めくっていった。 そして、ようやく、それらしいページを見つけた。

アデル:「第7章:ウサギ」 わーっ、この絵、気持ち悪いなー。

アデルは、本の向きを変えて、ミタニとカオルにも、その絵を見せた。 確かにそこにはウサギが描かれていたが、そのウサギにはトーマと類似するような身体的特徴は、何も無かった。 そこに描かれていたのは、背が高く赤い目をした野蛮な猛獣だった。 鋭い牙からは、獲物の血肉がしたたり、さらに、刃のような爪で猛烈に仕留める様子も描かれていた。

ミタニとカオルは、信じられないように、ジェイズを見た。 アデルは、本の抜粋を読んだ。

アデル: 「ウサギは、自分たちの原始的な欲望を満たす事のみを求める野蛮な殺人者である。 彼らは、一般的に、子供の柔らかい肉を好み、、、」 ウェ、まだ続きがあるけど、僕は、これ以上、読みたくないよ。

ジェイズ: そうだよね。 僕の言ってる事、納得した?

カオルは、あの「挨拶」の件を、突然、すっかり忘れてしまい、今は、不名誉な烙印に耐えているトーマやトッキ人たちに同情を少し感じていた。

カオル: ジェイズ 、その話って、どれ位前の事なんだ?

ジェイズ: 知らないよ。 ネコミ人が子供の時に教えられる昔の物語の一つだよ。 地球人の「ヘンゼルとグレーテル」みたいなものだよ。

ミタニ: バッカじゃね? 本のタイトルを見てみろ! 「神話と伝説」だぞ! そんなクソ話、まともなのなんかないぞ! お前が、マジに、そんなの信じてることが、信じられないぞ!

アデルは、ミタニを近くに引っ張り寄せ、他のみんなに聞こえないように、静かに話した。

アデル: ネージュ、ちょっと。 もし、デーモン達の星から交換留学生が僕たちの学校に来たら、どう思う? そして、そのデーモンは、ネズミと同じくらい危害が無いとしたら? 君だったら、どう感じるかな?

ミタニ: その場合は、違うだろ。

アデル: 違うかな?

ミタニは、自分自身が、その場合は違う、と確信した理由をみつけだそうとしばらく考え込んだが、何も思いつかなかった。

アデル: またちょっと考えてみて。 牙や角がはえてて、でかくて、真っ赤で、血みどろのデーモン。 どう思う?

ミタニ: わかったよ、すごく気色悪いよ。

アデルは、もう一度、本の最初からページを剥がしながらめくっていった。 何か別の話で、ジェイズにウサギの事を気にしないようにできるかもしれないと、思った。

アデル: 第1章は、「ウィッシュマスター」だね。

アデルはジェイズに目を向け、ウィッシュマスターが何なのかをみんなに説明させるよう促した。

ジェイズ: ウィッシュマスターは、簡単に言うと、ネコミの悪魔だよ。

カオルは、絵を近くでよく見ようと、前屈みになった。 彼は、何か得体の知れない恐ろしいものを期待していた。 見方によっては、確かにそうだった。 刃のような牙、3つの尾、しかもその内の2つのは骨のような尾、そして、頭には角を持っていた。 しかし、それらの点を除くと、堂々としたネコミ伝統の衣を身にまとい、宝石のついた黒色の杖を手にし、その男は、むしろ上品で優しそうに見えた。

カオル: 彼は何をするの?

ジェイズ: 昔話によると、どんな願い事でもかなえてくれるんだ。 でも、やっぱり、このうまい話にも裏があるんだ。 例えば、もし、君が大金が欲しいって願いをすると、君のお母さんが突然死して、そこに、君宛の巨額の死亡保険の証書がやって来る、みたいな事だよ。

アデルは、ジェイズが言ったことを考えながら、眉をしかめた。

アデル: そんな話だったら、願い事をする人、いるの?

ジェイズ: すごく難しいけど、裏をかく事ができるみたいだよ。 ほんと難しいけど、完全に不可能ではないらしいんだよね。

アデルは、トーマにからめた話をするのは、今この時だと察した。

アデル: それで、ジェイズは、ウィッシュマスターは存在すると信じているの?

ジェイズの耳が、突然、ピンと真っ直ぐに立った。

ジェイズ: えっ? もちろん、信じてないよ! そんなの、何て言うか、、、

アデルは、わざとらしく微笑んだ。 ジェイズは、自分で自分の言葉の意味を認識し、彼の耳はショボンと折れ下がった。

ジェイズ: 、、、バカげた昔話だね、ほんと。 ようやく、要点に気づいたよ。 でも、トーマに慣れるまで、ちょっと時間くれるかな?

ウェイターが彼らのテーブルに近づいて来たので、会話を中断した。

ウェイター: やあみんな! 君達は高校生だろ? 本日のスペシャルは、ローストビーフ・サンドイッチだよ。

ジェイズ: 魚も、何かある?

ほとんど瞬時に、ミタニがジェイズの後頭部を手のひらで叩いた。

ジェイズ: 何だよー!

ミタニ: お前が魚を食べたいのは、みんな知ってるんだから、俺達が、スペシャルについて聞いてる間は、静かにしてろ。

ジェイズ: わかったよー。 ごめん。

最終的に、ジェイズはツナサラダに落ち着き、他の3名はバーガーを注文した。 食べながらも、色々な事が話題に上ったが、トーマやトッキ人の話は、持ち出さなかった。

4人が教室に戻ってくると、トーマはいなかった。 トーマは、その日の午後のどのクラスにも現れなかった。 ジェイズは、多少、ホッとしていたようだが、他の者は心配していた。

トーマは、実は、昼食後、学校を出てゲイ地区の真ん中にあるショッピングエリアに向かって歩いて行った。 彼がどこに行こうが、人々は彼を見つめていたが、少なくとも、彼は自分の挨拶が相手にもたらす反応に耐える必要は、もはやなかった。 彼は、できるだけ多くの人との間に一定距離を保つように気を配りつつ、大半の時間を服のショップを見て回って過ごした。

学校のある日なので、ビーチがあまり混んでいなくて、トーマは喜んだ。 彼は、服をすべてを脱ぎ捨て、冷たい水の中で泳ぎを楽しんだ。 岸に沿って何時までも、ばちゃばちゃとやっていると、まるで、自分の体の重量や質量が溶け出てゼロになっていくような感覚がした。 学校や仕事を終えた人々で、ビーチや水の中が混み合ってくるまでの二時間、トーマは、一人きりの時間を楽しめた。 人々を避けるのが難しくなってくると、彼は水から上がり、服を着て、家に向かった。

家に帰る途中で、唯一気になったのは、カルパチアの人達が水着を付けて泳いでいた事で、彼らは自分が何も身に付けずにいたのを変だと思っていたのだろうかと、思った。

つづく。

本エピソードのイラスト委託作成:
Catnappe143
Miyumon
Kurama-chan
Atomic Clover

「都市」の画像は、「SimCity 4」の画面です。

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