第2巻 エピソード3 - ネコミミもみ

惑星ニュー・ベレンガリア、ルーン・レイク地区、ルーン・レイク高校

ジェイズは、数日経ってようやく、教室内のトーマの存在に少し慣れ始めていた。 以前は、たとえ一瞬でさえも、トーマが化けの皮を脱ぎ血まみれの牙と邪悪な赤い目を剥き出すのではと、期待しながら、トーマを見張るようにじろじろ見ていたが、今は、トーマよりも先生にもっと注意を向けていた。

アデル、ミタニ、カオル、そしてジェイズの4人は、窓側の部屋の隅に集まった。 暖かい眠りをさそう光が注いで、誰もが少しけだるくなっていた。 カオルは、涼しい風が入ってくるように窓を一つ開けてから、会話に戻った。 昼休み恒例の、どこに食べに行くかという冗談めいた会話を始めていたが、結論は、いつも毎回「寿司」になっていた。

カオル: たまには、気分を変えて、すぐ隣の広場に行かない? 屋台が、何台か出てるよ。

ミタニ: えぇ〜っ。 あんなの、ウサギの餌だぞ。 果物と野菜ばっかり。

カオル: 違うのもあるって。 ホットドッグを売ってる人もいるよ。

ジェイズ: 誰も、僕が食べたいもの、聞かないんだねー。

ミタニ: そんな必要、あるかっ! お前が食べたい物は、いつも同じだろ!

アデル: 公園に行くんだったら、トーマにも行きたいかどうかって、聞いてみようよ。 ここには同郷人もいなくて一人ぼっちで、すごく寂しいだろうし、それに学校のまずいランチを毎日、一人で食べてるなんて。

ジェイズ: 彼を誘うのはダメだよ! それに、彼は大丈夫だよ。 カフェテリアだって、生の果物や野菜を不味くできないもん。

冷たい沈黙の時が過ぎた。 ジェイズは突然、誰もが自分の顔を見ているのに気づいた。 まるで、タコの足か何かがジェイズの顔から生えて来るのを待っているかのようだった。 ジェイズは、3人の顔をそれぞれ順に見返していったが、視線は自分に向けられたままで、彼は、ただ困惑するだけだった。

ジェイズ: 何なの? 僕の顔に、鼻くそか何かついてるの?

突然、ジェイズは、自分の耳の後ろの頭皮に、驚くほど官能的に爪が立てられるを感じた。 彼は、その爪が誰のものなのか分からなかったが、自分が何処にいて何をしているかということすら、すぐに忘れてしまうほどだった。

ジェイズ: あぁ〜、気持ちぃ〜。 もっちょっと強めに。。。

爪はすぐに要望に応じ、ジェイズの頭皮に、さらなる快ちよさをもたらした。 彼は頭を垂れ、リラックスして目を閉じた。 自分と自分の頭の上で華麗にダンスしている爪以外には、この世界に存在するものは何もないような気分だった。

アデル、ミタニ、カオルはお互いにささやき始めた。

アデル: ジェイズに言った方がいいのかな?

カオル: まさかっ。 心臓発作を起こすよ。

ミタニ: その内、自分で気づくだろ。 俺は、あいつが、「窓から外に飛び出る」に、10レン賭けてもいいぞ。

アデル: 僕は、「ドアから出て行く」に、10レン。

カオルは天井を見上げた。 明らかにもろい材質の化粧ボードの天井板がはめ込まれていて、つまり、本当の天井はそれよりも上にあり、その間の空間部分に、換気システムや照明設備が、埋め込まれていた。

カオル: 「天井板を突き抜けてから、窓の外に飛び出す」に、10レン。

アデルとミタニは、カオルに不可解な表情を向けた。 カオルは、自信満々の視線を返した。

カオル: はは、君たちは僕ほどジェイズの事、知らないだろ。

再び、3人の注意は、この上なく気持ち良さそうにしているジェイズに、向けられた。 痙攣しているかのように、ピクピクと動き始めたジェイズの耳を見ているのは、面白かった。

ジェイズ: すごくいいよー、ほんの少し右に、、、

今回も、爪はすぐに要望に応えた。 ジェイズは、頭皮のちょうど両耳の裏側の辺りに、とても優雅な手の動きを感じていた。 だが、突如、何か別の物が、自分の耳をかするように軽く触れるのを感じた。 その感触は、恍惚状態から目覚めるのに、十分なものだった。

ジェイズ: 何っ、今のそれ?

ジェイズは、振り返って凍りついた。 すぐ鼻先で、トーマのウサギ耳からぶら下がった銀のイヤリングが、揺れていた。

トーマ: 気持ちよかっただろ?

ジェイズ: ギャーッ!

この後に展開した出来事は、まさにカオルの言ったとおりになったので、アデルとミタニは、カオルが、ただ単にジェイズの事を熟知しているからなのか、それとも、もしかしたら未来を予測する能力を持っているのではと、思った。 ジェイズは、叫ぶやいなや、制御不能のロケット花火のように上昇し、天井板に突っ込み破片や埃を撒きちらした。 そして、床に着地するやいなや、窓から学校のグランドに飛び出した。

カオルは、気取った満足げな表情で、アデルとミタニを見た。

カオル: ネコ民族が、どうして、あんなすごいジャンプ力を防御機能として進化させたのかって、謎だよなぁ。 あんまり防御の役には立ちそうに思えないけど、でも、笑いをとるのには役立ってるよ。 じゃ、お2人さん、支払よろしく!

アデルとミタニは、しぶしぶ自分たちのポケットから、それぞれ10レンを取り出して、カオルに渡した。

アデルは、自分の机に行って、何かを探し始めた。 彼は、明るい赤い色のリンゴを手に持ち、戻って来た。 トーマにリンゴをあげるのは、すぐに日常の決まり事になっていった。 なぜなら、ダークでゴシックな雰囲気で内に秘めた態度のトーマが、わずかな時間ではあるが、飾り気のない本当の自分を表し、アデル達がそれを目にできる機会は、それ以外には皆無だった。 その事に加えて、トーマがほんの数秒でリンゴを平らげるを見るのは、すごく面白かった。

アデル: リンゴあげるよ、トーマ。

アデルがリンゴを投げた。 トーマはそれを手にすると、わずか数秒で、むさぼり食べつくし、今回も、アデル達を楽しませた。

カオル: ねえ、トーマ。 僕たちは昼飯食べに、広場に行くつもりなんだ。 君も一緒に来るかい?

アデルとミタニはカオルを見た。 その件は、まだ合意に至っていなかったが、2人とも、もっとよくトーマを知る機会を持ちたかったので、反対しなかった。

トーマは、一瞬待ってから、答えた。

トーマ: ああ、行くよ。

ミタニが、自分の髪や肩から、天井板の破片を払い落とした。

ミタニ: もうそろそろ、この場から立ち去らないとな。 先生がやって来て天井の大きな穴を見つけたら、俺達のせいにされちまうぞ。


広場

彼らは学校のすぐ隣にある広場に歩いて行った。 他の生徒達も、晴れ渡ったこの日を有意義に過ごそうと、同様に広場で昼食を楽しんでいた。 4人は、各々の好きな屋台へと向かった。 トーマは、果物の売店に行き、リンゴ、ブルーベリー、レーズンなど、色鮮やかなものを選んだ。 カオルとアデルはサラダを、ミタニはポテトチップスとホットドッグを、それぞれ買った。

元々あまり数のないテーブルと椅子には、残念ながら一つも空きがなかったので、木の下に座って昼食を取ることにした。 意外にも、いつもと違って、会話を始めたのはトーマだった。

トーマ: 僕はジェイズが好きだな。 興味深い奴だから。

カオル: 言っとくけど、普段は、あいつは僕たちの中では、一番ノーマルだよ。

トーマ: 「ノーマル」? 君たち2人のような?

トーマは、アデルとミタニを指し示した。

アデル: そうゆう意味とは、ちょっと違ってて、何て言うか、もっと一般的なカルパチア人の基準で言う「ノーマル」だよ。

カオル: でも、君、まだジェイズの事、ほとんど知らないだろ。 ところで、あいつがあんな行動とったのは、ネコミの伝説に関係あるんだ。

トーマ: トッキ人はクレイジーモンスターだって事だよね。 そう言えば、その件について忠告されたよ。 父さんは、それが外交関係が長い間、秘密にされてた理由の一つだって、言ってた。

アデル: ジェイズが、どうして、興味深いの?

トーマ: 彼は、自分の気持ちに正直みたいだ。 そうゆうの好きなんだ。

カオル: 君はどうなの、トーマ? トッカストラに、ガール・フレンドかボーイ・フレンドが、いたの?

トーマ: もちろん。 たくさんいた。

誰もが言葉を失い、驚いてトーマの方を見た。 今現在の段階では、聞き違いをしたのか、それとも、トーマをラッキー・バニーと見なすべきなのか、判断できなかった。

ミタニ: えっ、「たくさん」って言った?

トーマは、彼らが、なぜ変な風に自分を見ているのか分からなかった。 彼には、特に何も変わった事ではないように、思えた。

トーマ: ガール・フレンドだよね? ガールのフレンド? 違うの?

アデルは、どうやって説明したらいいだろうかと思案しながら、自分の頭の後ろに掻いた。

アデル: うーんっ、、、正確には、、、違う。

トーマ: ちょっと待って。

トーマは、ポケットから、いつも手にしている携帯ゲーム機と同じように見えるデバイスを取り出した。

カオル: それ、何?

トーマ: これは英語/トッカストラ語辞典。 僕の自動翻訳機は、君たちが話す言葉をすべて、僕にはトッカストラ語で聞こえるようにしてくれるはずなんだけど、まだ完璧ではない。

トーマは正しい単語を探そうと、デバイスのボタンを押した。 彼が操作している間に、ミタニが不意に言葉をはさんだ。

ミタニ: 普通は、ロマンチックな感情を意味する時に、その単語を使う。 つまり、いつか結婚するかもしれない人を意味してるんだ。

トーマは、突然、デバイスのボタンを押すのを中断して、見上げた。

トーマ: ケ、、ッ、、コ、、ン?

彼は非常に困難そうに、その言葉を口ごもった。 理由は分からないが、トーマの言葉は、まるで英会話初心者が英単語を話すように、たどたどしく聞こえた。 トーマは再び辞典に戻った。

アデル: ここでは、結婚っていう言葉は、2人がこれからの残りの人生を、ずっと一緒に送ることを決める事、という意味で使うんだよ。 まあ、一応そうゆう事になっているんだけど、そうゆう風にはいかない事もよくあるけど。

トーマ: 残りの人生、ずっとだって?

カオル: そう。

トーマ: 変わってるね。 トッカストラには、無いな、そういうの。

アデル: こんな質問、気に障るかもしれないけど、、、そのー、、、君、ジェイズをすごく好きみたいだけど。 君は、ゲイなの?

トーマ: ゲイ?

アデルは、一瞬、言葉に詰まった。 再び、トーマが知らない単語に遭遇したようだった。

アデル: ゲイっていうのは、僕とネージュみたいに、男を好きな男の事だよ。 女の子を好きな女の子は、レズビアン。 カオルのように、女の子を好きな男は、ストレート。 両方を好きな人は、バイセクシャル。

トーマ: だとすると、トッキ人のほとんどは、バイセクシャルだって事になると思うな。

ミタニ: うわー。 デートのチャンス、すごく多いだろ。

トーマは、自分の皿からリンゴのスライスを手にとり、まるで、最近発見された物質を調べる科学者のように、丁寧に注意深く見つめた。

トーマ: リンゴについて、もっと良く知りたい。 この世界には、リンゴのような食べ物、他にもある?

カオル: リンゴの何が好きなの? 風味? 食感?

トーマ: 全部だと思う。

アデル: 梨とか?

カオル: 柿は?

ミタニ: ステーキ。

誰もが、まるでミタニがエレベーターの中でおならしたみたいに、ミタニに目を向けた。

アデル: バカっぽい発言だね。

ミタニ: 俺が食べたいものなんだ。

アデル: 君の事を話してないけど。

トーマ: トッキ人は、まったく肉を食べることができない。 それに、カフェインやアルコールを取ることもダメ。 精神面に作用するような薬に対しても、異常な反応を起こすんだ。

ミタニ: うわー。 俺だったら、生きてないな。

カオル: ファーマーズマーケットが、そんなに遠くないところにあるよ。 学校が終わったらそこに連れてくから、いろいろ買って試してみたら。

アデル: 僕も、行くよ。

ミタニ: お前たち3人で楽しんできてくれ。 俺は、家に帰るよ。

トーマは笑顔になった。 彼は、一度、この惑星のマーケットに行ったのだが、その際は、自分が目にしている物が何なのか、全く皆目見当がつかなくて、助言してくれる同行者が必要だったなと思った。

会話と食事は、さらに続いた。 時が過ぎるにつれ、トーマのゴシックな鎧の殻が、再び、破れてきた。 まだめったに笑顔にならないが、前よりも口数がより多くなり、色々な事に興味を持ち始めているように見えた。

授業が終わった後、約束どおり、トーマ、アデルと、カオルは、ファーマーズマーケットに行った。 トーマは、リンゴ、梨、柿、イチゴと、他にもさまざまな果物を、袋に一杯、詰め込んでいた。 まるでお菓子屋にいるようだ、と言うのとは違った。 トーマにとっては、そこは、まさに、お菓子屋そのものだった。 買い物を済ませると、家に帰るため、モノレールの駅に向かった。 彼は、ニュー・ベレンガリアに到着以来初めて、一日の終りに帰宅する事を、残念に思った。

本エピソードのイラスト委託作成:
Catnappe143
Miyumon
Atomic Clover

「都市」の画像は、「SimCity 4」の画面です。

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