第2巻 エピソード4 - 暗夜の恐怖

ニュー・ベレンガリア、ルーン・レイク地区

トーマはルーン・レイクのゲイ・エリアの中心辺りをぶらぶらしていた。 夜すでに遅く、たぶん、ベッドの中にいるべきだった。 だが、トーマにとっては、この時間帯が唯一、このエリアに気楽に出かけられる時だった。 通りには人が少なく、さらに暗いので、びっくりしたようなぽかんとした様子で見られる事は、ほとんど無いからだった。 店のほとんどは閉まっているが、気にならなかった。 気分転換にもなるし、それに、夜の冷たい空気に触れるのは、とても気持ちがよかった。 ただ、重力の違いから、途中で何度も疲れを感じ、その度に腰を下ろした。 この星に着いたばかりの頃よりは、疲れにくくなってきたが、それでも、もっと強靭にならなくてはと感じた。

特に目指す行き先もなかったが、そのまま、ぶらついていた。

ナイトクラブは既に閉まっていて、その前で、何人かが立ち話をしていた。 ロータリー交差点に向かって歩いて行く途中、タクシーに乗り込んで帰宅する人々を、目にした。 トーマは、歩道の亀裂を数えながら、さらに、当ても無くさまよい歩いていった。 歩行運動は、頭をスッキリさせてくれた。 だが、しばらくして、道に迷ってしまった事に気づいた。

ゴミ箱の悪臭が、突然、彼の気を散らした。 立ち止まり、目を上げると、辺りはより暗く、人気(ひとけ)が全くなかった。 愚かさと多少の恐怖の両方を感じた。 彼は、トッカストラでは、暗くさびれた場所に一人で行く事は絶対に無かったが、ルーン・レイクでも、夜道の一人歩はすべきでなかったと思った。

彼が、今来た道を引き返すため体の向きを変えようとした時、突然、誰かに掴まれ、ゴミだらけのモノレールの線路高架下に、引きずり込まれた。

気持ちの悪い黒髪男: お前の事、しばらく見てたんだ。

いやらしい金髪男: すっごく、かっわいー耳だ!

金髪の男はトーマの耳を撫でまわした。 普段なら、トーマは耳を撫でられる事が好きだったが、今は、不快極まりなかった。

トーマ: さわんなよ。

黒髪の男は、トーマを冷たいコンクリートの壁に押しつけ組み伏せた。 トーマはもがいて抵抗したが、彼の腕の力は、人間のよりもはるかに弱かったので、無駄に終わった。

気持ちの悪い黒髪男: このセクシーな黒い服の下を見るまではやめないぜ。

トーマには何も考えが浮かばなかった。 叫んで、それが誰かの耳に届く事を願う以外。

トーマ: ヘ(ルプ)、、、

すぐに、黒髪はトーマの口元を殴った。

気持ちの悪い黒髪男: 助けを呼ぶのは、待てよ。 お楽しみは、まだ、終わってないぜ。

トーマは、口を開けるのに苦労しながらも、できる限り開けると、黒髪男の指に噛み付き、大きな前歯をねじ込んだ。 男はトーマの口から手を引っこ抜いた。

気持ちの悪い黒髪男: わー!

つかの間の逃げ出すチャンスだった。 だが、トーマは十分に速くなく、金髪男がすぐに彼を捕まえた。 トーマは、もがきながら、できる限り強く蹴った。 金髪は、動きが早く、トーマの蹴りをうまくかわした。

トーマ: 放せよ!

彼が叫んだのと同時に、モノレールが駅に入ってきたのは、全く運が悪かった。 騒音が、彼の声を打ち消してしまった。 金髪は、手の甲で、トーマの顔を、強く殴った。 トーマは、自分のあごに、暖かく湿ったものが垂れてくるを感じた。 それが血だと気づくのに、時間はかからなかった。

いやらしい金髪男: 良い子にしてないと、怪我しちゃうぞ!

黒髪男は、トーマの服の袖を裂きちぎって、その布でトーマの口を覆い、首の後ろで結ぼうとした。

気持ちの悪い黒髪男: またやったら、手加減しないぞ。 お前の歯を折りたくないんだ。

2人の男は、駅高架下のより奥の方に、トーマを引きずり込んだ。 ゴミ箱や高架の支柱が覆いとなって、たとえ通行人がいても、視界の妨げとなった。 トーマは孤独感を感じた。 猿ぐつわのせいで、助けを呼ぶこともできなかった。 必死に下顎を動かし、なんとかして緩めようとした。 すると、幸運なことに、それほどきつく結ばれていなかったようで、わりと簡単に外れた。

トーマ: 誰か、助けて!

黒髪は慌てて、トーマの猿ぐつわを締め直した。 今回は、男が布をきつく引っ張ったので、それがトーマの頬の傷口に痛々しく擦れた。 そして、次の瞬間、トーマは自分が地面に放り投げられたのに気づいた。 気を取り直す間もなく、頭の上に両腕を組み伏せられた。

いやらしい金髪男: お先にどうぞ。

気持ちの悪い黒髪男: 喜んで。

黒髪はトーマの足を広げ、ズボンを脱がし始めた。。。


その一方で、、、

人間世界で、ネコミ人とのハーフであるのは、必ずしも容易な事ではなかった。 ジェイズは、自分の睡眠サイクルに苦労した。 彼の人間的側面は、長時間、睡眠をとり、長時間、起きている事に大丈夫だった。 が、夜行性であるネコミの側面は、昼の間は容赦無いほど、ジェイズをうたた寝モードに引きずりこもうとした。 そして、夜は目が冴えてくるので、家でゲームをしたり、時には、今夜のように、散歩に出かけた。

ジェイズの両親は、彼が夜間に外出するのを、良く思っていなかった。 特に、クラブやバーが閉店する時間以降は。 普段はとても安全なこの都市にも、夜が更けると時折、強盗やいかがわしい行為が、不意を討って起きていた。 ジェイズが夜間外出するためには、まず、頻繁に昼寝をする父親に気づかれないようこっそり抜け出し、そして、帰宅時には、こっそり忍び込まなければ、ならなかった。

彼のいつものルートは、自宅からナイトクラブのエリアを通って、その後、2駅先にある地下鉄の駅まで、だった。 散歩の最後の部分は、あまり好きではなかった。 その地下鉄の駅は、利用客が少なく、また、はるかに人気の多いモノレール駅の背後になっていて、かなり暗い地域にあった。 ほとんどの場合、彼以外には誰もいなかった。

ジェイズは、地下鉄の入り口に向かってペースを早めながら進み、ちょうどモノレールが駅に入ってきた時は、高架下を歩いていた。 そして、地下鉄駅に近づいた時、おびえる叫び声を耳にした。

声: 誰か、助けて!

声はモノレール駅の下から聞こえて来た。 ジェイズはすぐに声に向かって通りを走った。 ゴミにつまずきながらも、より近くまで来ると、他の声を聞くことができた。 支柱の一つを廻ると、2人の男が、誰かを地面に踏みつけているのが見えた。 彼らは、ジェイズに気づいていなかった。

2人の内の1人は、地面にその人物の腕をねじ伏せ、別の1人はズボンを脱がそうとしていた。 その人物は、2人に対して抵抗していたが、それは、明らかに絶望的な状況だった。 ジェイズは、深く考える必要はなかった。 行動あるのみだった。

ジェイズは黒髪男に飛びつき、その背中に鋭い爪をねじり込んだ。 男は驚いて飛び上がると、ジェイズを放り投げた。

気持ちの悪い黒髪男: うゎーっ! 一体、なんだってんだ、、、

男に、口を開いてる暇は、なかった。 何が攻撃してくるのかを確かめようと振り返ったその時、自分の顔に向かって爪旋風がやって来るのが見えた。 標的にロックオンした爪は、再び、男の肉に食い込んだ。 金髪男の方は、すでに地面の人物の腕を放し、逃げるべきか仲間を助けるべきか、と一瞬、躊躇した。 結局、金髪男は逃げだし、それを見たジェイズは、血だらけの無惨な姿となった黒髪男をその場に残し、後を追いかけた。

ジェイズ: そう安々と逃げれると思うなー!

ジェイズは宙を飛ぶと、金髪男にタックルした。 その男も血だらけになるまで、ジェイズは強打と引っ掻きを続けた。 ジェイズは、2人を縛り上げて警察署に置いて来ようかと思ったが、まず、被害者が大丈夫かどうかを確認することが重要だと考えた。 彼が金髪男を放すと、男はすぐに立ち上がって逃げて行った。

彼が現場に戻ると、黒髪男も既に姿をくらましていて、モノレール駅の壁の側に、小さく丸まって震えている孤独な姿があるだけだった。

ジェイズ: もう、心配いらないよ、あいつら行っちゃったから。 君、大丈夫?

ジェイズは、近づいた。 暗くて見えにくかったが、近づくにつれ、だんだんはっきりと見えるようになってきた。 そして、長く黒い耳からぶら下がっている大きな銀のイヤリングに、気づいた。 ジェイズは立ち止まり、目にしている光景が信じられなかった。

ジェイズ: トーマなの?

トーマは、まだ恐怖に震えながら、小さくうなずいた。 彼はすでに自分の口から、袖を引きちぎった布を取り外していた。 血に染まったその布切れは、彼のすぐ側に置かれていた。 太い血の筋が、彼の頬から顎まで続き、それは溢れ出る涙と混ざり合っていた。 ジェイズは、いつも、不意にトーマに会うたびにギョッとしていたが、今回は別だった。 今、彼を怖がる理由は、全く無かった。 ジェイズには、トーマが襲撃のチャンス到来を伺う野蛮な猛獣だとは、想像すらできなかった。 他のみんなと同じ様に見えたし、そして今は、傷つき恐怖に怯えていた。 ジェイズは、より近くに寄り、彼の隣にひざまずいた。 ゆっくりと、驚かせないように、ジェイズはトーマの体に腕を回した。 予想に反し、トーマは避けなかった。 少し落ち着いてきた様だった。

ジェイズ: トーマ、大丈夫?

トーマは、弱々しく、うなずいた。

ジェイズ: あいつら、君を口説き落としてたの?

トーマは、首を横に振った。

ジェイズはハンカチを取り出し、どこかに水道の蛇口やホースがないかと、周りを見渡した。 そして、それほど遠くない所に、蛇口があるのに気づいた。 水道の水でハンカチを十分に濡らしてから、トーマの所に戻った。

ジェイズ: さあ、これで顔を拭きなよ。

トーマは、ゆっくりと手を伸ばし、ハンカチを受け取った。 自分の顔から、血をすべて、こすり落とした。 ジェイズは、ポケットからティッシュを取り出し、トーマの頬の切り傷​に充てがった。

ジェイズ: 警察を呼んだ方がいいよね。

ジェイズは立ち上がりかけたが、シャツが引っ張られるのに気づいた。

トーマ: やめておいてよ。

ジェイズ: どうして? あいつら、自分達がした事に対して、償わなきゃ!

トーマ: それには賛成だけど。 でも、二惑星間の外交的なゴシップの渦中の人物になることはイヤなんだ。 マスコミが、飛びついて書き立てるだろうから。

ジェイズの頭に、タブロイド紙の大見出しや新聞にデカデカと載せられたトーマの写真が、次々と浮かんできた。 ジェイズは、彼自身も、そんな状況は望んでいないと思った。

ジェイズ: まあ、匿名で情報提供の電話できるしね。 昨日の深夜に、顔を血みどろにした怪しい奴らが走り回ってたよって。

トーマ: ありがとう。

ジェイズ: 何か、僕にできる事ある? 僕の家に、一緒に来る?

もし、トーマと一緒に帰宅したら、自分の父親は恐怖とパニックで脳内錯乱状態になると、ジェイズには、あらかじめ分かっていた。 しかし、その一方で、父親が外見上はなんとか平常心を装うだろうとも、思っていた。

トーマ: 僕の家まで、送ってくれる? 僕の事で、他の人に迷惑や心配をかけたくないんだ。 父さんは、ここから遠くないところにタウンハウスの別宅を持ってるんだけど、父さんがそこに行くことは、ほとんどないんだ。

トーマの家に行くって? 一人で? 同意しない理由は思いつかなかったものの、ジェイズは、まだ、完全に心地よいという心境では無かった。

ジェイズ: 君の家に連れてくの? そうだね、、どうかな、、、

トーマは、膝をついて、四つん這いでジェイズに近づいて来た。 トーマが近づいて来るにしたがい、ジェイズは後ずさりをした。

ジェイズ: 何っ、何してんの?

今では、トーマはジェイズの伸ばした両足の上にまたがっていた。 ジェイズは、仰向けに倒れ落ちない限度ぎりぎりまで、できる限り体を反らした。

トーマ: まだ、きちんと感謝の意を表していないから。

トーマは、さらに、じりじりと進み寄り、そして、2人の唇が繋がった。 抱擁の中、その繋がりはより強く定着され、まるで何年もの間、キスをずっとしているようだった。 しばらくして、ようやく、トーマは体を離した。

ジェイズ: さてと、君を、送ってくよ。

トーマ: ありがとう。

ジェイズ: 立ち上がること、できる?

トーマ: うん、問題ないよ。

ジェイズとトーマは、ゆっくりと立ち上がった。 トーマは、まだ、力が入らず、体を動かせるような気がしなかったが、家に帰りたい願望が気力を強くした。 ジェイズは、トーマの家の場所を尋ねた。 ルーン・レイクの中央にある小さな島にあり、公共交通では行けないと、トーマは答えた。 ジェイズはタクシーをつかまえようと提案し、トーマは同意した。  タクシーで、橋を渡るとすぐ到着し、5分の短い距離だった。

トーマは、海岸近くのロータリー道路に面したタウンハウスの一番左側を、ジェイズに指差した。 彼らは一緒に中に入った。 ジェイズは、その家の装飾に驚嘆した。 豪華なカーペットが床に敷かれ、彼は、足の下が弾むのを感じた。 壁は、一度も見たことのないような色々な様式の芸術作品で覆われていた。 小物が載った棚と、座椅子と背の低いテーブルを除くと、家具は、ほとんど置かれていなかった。 トッキ人は、床に座るのを好むようだった。

トーマは、くたくたに疲れ果て、壁にふらつきながら寄りかかった。

ジェイズ: 君の部屋まで、肩を貸すよ。 どこかな?

トーマ: すぐ先だ。

ジェイズはトーマを支えながら進んだ。 その寝室は、家の他の部分とは違って、生活感があった。 カーペットは、あまり柔軟性や弾力性が無く、ベッドカバーには皺がよっていた。 机の上には、ジュースの空き瓶があり、ゴミ箱は果物の皮で一杯だった。

彼は、ベッドまでトーマを支えた。 体を投げ出すと、トーマは安堵から、大きなため息を漏らした。 ジェイズは、トーマのすぐ近くでベッドの端に、腰掛けた。

ジェイズ: 君、大丈夫だよね?

トーマ: 僕が眠るまで、ここに居てくれる?

トーマはそう言いながら、目をそらした。 ジェイズは、トーマが可哀想になってきた。 一方、トーマは、今自分が口にした事を、まるで、小さな子供がクローゼットの中にモンスターが潜んでいると言って怖がっているみたいだと感じて、恥ずかしくなっていた。 ジェイズは、トーマの感情を理解できたし、そんな無邪気な願いを聞き入れられない訳はなかった。

ジェイズ: いいよ。

ジェイズは、眠りに落ちていくトーマを見ながら、起きていた。 トーマが眠りについたのを確かめてから、ジェイズは携帯電話を取り出して、こっそりと部屋を出た。 今夜は友人の家に泊まって、明日は、そこから学校に行くと言う内容のメッセージを、自宅に送った。 それから、ジェイズは、静かにトーマの部屋に戻ると床の上に丸くなった。 そして、すぐに眠りに落ちた。

翌日
ニュー・ベレンガリア、ルーン・レイク地区、ルーン・レイク高校

アデル、ミタニ、カオルの3人にとって、今日という日の始まりは、一つのこと以外は、いつも通りだった。 ジェイズの遅刻以外は。 ジェイズは、今まで一度も遅刻した事はなかった。 トーマも、まだ来ていなかったが、彼が遅刻することは、珍しいことではなかった。 とは言え、多少、心配だった。 時計を何度も見ている内に、一時間目の授業が終わりに近づいてきた。

先生: さて、みなさん、今日の宿題は、104ページの例題1から12まで、方程式の解を求めて、木曜日に提出して下さい。

そして、ベルが鳴った。 生徒たちが、鞄の中に本や文具類をしまったり、教室を移動したりと、いつもながらのせわしなさが、起こっていた。 アデル、ミタニと、カオルは、すぐに集まり、会合を始めた。

カオル: ジェイズが、どこに居るのか知ってる? 遅刻した事なんて、一度もないのに!

ミタニ: トーマも遅刻だけど、まあ、いつものことだしな。

アデル: まさか、あの2人が、デートで寝坊なんてこと無いよね? ハッハッ。

教室のドアが開いた。 ニュー・カルパティ史上、前例の無い事態を目撃する心構えは、誰にも無かった。 もし仮に、エイリアンの宇宙船が通りの向こうに墜落し、それと同時に、大地震の最中に寿司レストランが火事で焼け落ちたとしても、その教室に居る者は、誰も気づかなかっただろう。 先生でさえ、ぽかんと開いた口が閉まらなかった。 そこには、トーマとジェイズの2人が、手をつないで立っ​​ていた。 ジェイズは、いつもの陽気な趣(おもむき)で、トーマは、わずかに微笑んでいるように見えた。

ジェイズ: アダムス先生、遅刻してすいません。 今朝、トーマをベッドから引きずり出すのに、手間取ってしまって。

教室内は、皆、硬直して、呼吸すら止まっていた。 聞こえるのは、エアコンの微かな音と、他の教室からの普段通りのざわめき音だけだった。 トーマはジェイズにしか関心が無い様子で、手を伸ばしてトーマの首の後ろを撫でるように掻いていた。 ジェイズは、みんなのあっけにとられた顔を見回し、困惑したような様子だったが、でも、本当に困惑しているのか、それとも、ただ、そのふりをしてるだけなのかは、誰にも分からなかった。

ジェイズ: 何、どうかした? 僕の顔に、鼻くそでも付いてる?

ショートストーリー第2巻。 終わり。

本エピソードのイラスト委託作成:
Catnappe143
Miyumon
Atomic Clover
Kurama-chan

「都市」の画像は、「SimCity 4」の画面です。

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