初ネコ、まっしぐら!
宇宙空間、ニュー・カルパティとトッカストリアの間、RLMS ルシタニア号
RLMS ルシタニア号は、ニュー・カルパティ/トッカストリア間ルートのために特別に再設計された最初のトッカストリアのスターライナーとなった。 調理部門にも改善が見られ、キッチンは独立したものが2カ所となり、果物と野菜のみを使ったトッカストリアの伝統的料理を調理するキッチンと、肉類など動物性食材を用いたカルパティ料理を準備調理するキッチンが、分離設置されていた。 また、表示の一部や船内放送も、一応、英語とトッカストリア語の2カ国語ということになっていた。 人口重力装置は、カルパティとトッカストリアの重力の中間になるよう設定されていた。
これらの改善により、トッカストリア・スターラインズは、首位の座につく競争相手であるカルパティ・スターラインズの地位に迫ろうとしていた。 それまで、トッカストリア・スターラインズが提供できる唯一の利点は、劇的な速度の違いだけだった。 その為、トッカストリアの宇宙船であれば3日しか要しないにもかかわらず、窮屈な船内環境や食べ慣れない食事、それに、言語の問題が、大多数のカルパティ人達に、1週間半もかかる自国船での旅を選択させていた。
再設計された第一号の宇宙船には、いくつか問題点も見られた。 船名も、その一つだった。 スターライナー運行会社は、十分な調査を怠り、過去の悲劇的な出来事を見過ごしてしまい、短絡的に、人類の歴史上の船にちなんで、その船名を付けていた。
ジェイズは、船内をぶらつきながら、様々な表示に意味不明な英単語が使われているのを見ると、クスクスと笑い出しそうになるのをどうにかしてこらえる時がよくあった。 食事は、かろうじて「まあまあ」と言えるものだったが、カルパティ料理に不慣れな船内サービス部門は、自分たちが美味しいだろうなと考えた食材を仕入れ、結局のところ、それらは摩訶不思議な料理になっていた。 カルパティ料理のキッチンにいるお粗末な料理人たちは、手にした材料をできるだけ使うことに、劇的とも言える創作力を発揮していた。 乗客は、怪しげな味にもかかわらず、料理を楽しんだ。 結局、誰でも、リスの肉料理を食べたことがあるなどという自慢話の滅多にない話の種は、取り逃したくないのだ。
通常のトッカストリアのスターライナーと同様に、娯楽設備は、あまりなかった。 乗客用のスペースは、大半が宿泊設備として用いられいて、エコノミーの乗客は、小さな寝台に押し込められ、一方で、ファースト・クラスでは、広々とした豪華な個室客室でくつろげた。 ジェイズとトーマは、そのファースト・クラスの客室を利用していた。 室内のハイテク設備は、トーマにとっては目新しいものではないかもしれないが、ジェイズは、自分が『未来展』かなにかに来ているように感じた。 特に、部屋中央にある直径2メートル余の仮想技術による光の球体を、気に入っていた。 中に足を踏み入れると、自動的に無数のコンピュータ・スクリーンが球体内部に広がり、ユーザーは何にでもアクセスできた。 インフォメーション・ネットワーク、ビデオ・ゲーム、さらに、室内の環境温度調整にも。
だが、今、ジェイズは、球体の中でゲームをしたり、自分たちの客室内に間違って雪を降らせたりなどと言う事は、していなかった。 その代わりに、ベッドの上で枕を背に、タブレットを手にし、奮闘していた。
ジェイズ: Inna... Innahey malkame... Malkame justna...
トーマ: Blenk di nami ka mushlame.
ジェイズは、タブレットをベッドの上に放ると、いぶかしげな表情でトーマを見た。
ジェイズ: えっ?
トーマ: ごめん。「前よりも、上手くなったね」って言ったんだ。 頭の中では、すでにもう、トッカストリア語で、考えてしまってるよ。
ジェイズ: トーマが羨ましいな〜。 僕も、それくらい早く他言語を習得できたらいいな〜って思うよ。 でも、今更、言葉の勉強する必要あるのか疑問なんだけど。 トーマが以前使ってたような自動翻訳機を使えば、僕だって、なんとかなるよー。 まあ、でも、到着する前までに、翻訳機なしで、ほんの少しでもトッカストリア語が使えるようになったら、ラッキーだけどー。
トーマ: 非常に騒々しい場所とかでは、自動翻訳機は使えないから、できるだけ勉強しておくに超した事は無い。 それと、少なくとも、基本的な表示の単語を理解できるようになっておいた方がいいよ。
ジェイズ: へましたのは、一回だけだよ〜。
トーマ: ドッキング・ブリッジ(せんきょう、操船指揮所)をウロウロしてたんだよ。 追い出されただけで済んで幸運だった。
ジェイズの耳は、穴が開いてパンクした救命ボートのように、しぼんで垂れ下がった。
ジェイズ: おしっこ、したかったんだ〜。
トーマ: トッカストリア語では、「ドッキング」と「トイレ」って言う意味の単語は非常に似ているんだ。 あんなことをしないように、基本単語を取得する必要があるよ。
その時、彼らの耳にとって旅の道連れとなっていた船のエンジンのハム音が、変わり始めた。 だんだんと低い音になっていき、その状態を続けた。
ジェイズ: なんだろうね、あれ?
トーマ: 減速しているようだ。 なぜなのか、見当がつかないけれど。 まだ、トッカストリアまでは、少なくとも12時間ある。 たぶん、アナウンスがあるだろうから、自動翻訳機のスイッチを入れておく方がいいよ。
もし、客室の窓から外を見ていたら、減速の理由についての強力な手がかりが得られていただろう。 そこには、小型の白いトッカストリアのシャトルが、スターライナーに横付けに引き寄せられていた。
宇宙船全体に、船長からのメッセージを知らせる、チャイム音が鳴り響いた。
船内放送: 乗客の皆様、船長より、ご報告いたします。 当船は、王室シャトルからの送付物受領の為、一時的に減速しております。 遅延をお詫びいたします、また、まもなく、全速での航行を再開する予定でおります。
トーマ: なるほど、理由、明白だ。
ジェイズ: そうなの?
トーマ: 王室シャトルと言うことならば、マオー女王2世からの公式なメッセージが、誰かに届けられると言うことを意味していて、なぜなら、電子的な手段で、公式のメッセージを送信することは、許可されていないから。
かすかに「ゴトン」と音がし、シャトルとスターライナーのドッキングが完了したようだった。
ジェイズ: もうちょっと、コンピュータの球体で、遊ぼうっと。
トーマ: まだ、トッカストリア語の学習は、終わっていない。
ジェイズ: あ〜ぁ、トーマがその事、忘れないかなって期待したのにな〜。
しかし、ドアのチャイムが鳴り、それ以上の学習は、行われなかった。
トーマ: えっ、まさか、、、女王のメッセージが僕たちに送られてくるわけがない。
トーマは半信半疑でドアに向かいながらも、チャイムが鳴った唯一の理由は、正に、送達吏が彼ら宛に勅書(ちょくしょ)を持ってきたのだという事だと分かっていた。 ボタンを押してドアが開くと、やはり、女王の勅使(ちょくし)が彼らの前に立っていた。 彼は、直立不動の姿勢で、自己紹介した。
コディエ勅使: 今日は。 コディエと申します。マオー女王2世の使いで参りました。 トーマ・ラパンとジェイズ・ボンドというお二方を探しております。
ジェイズは、もしかしたら女王自身がドアの所に居るのではと期待半分で、即座に立ち上がった。 が、しかし、すぐに勅使一人しか居ない事に、すぐに気づいた。
トーマ: 私たちが、その2人です。
コディエ勅使: 身分証を拝見したいのですが。
トーマは、自分のポケットに手を伸ばしながら、ジェイズの方を向いた。
トーマ: ジェイズ。彼にパスポートを見せて。
ジェイズがスーツケースの中をかき回している間に、トーマは自分のパスポートを取り出して勅使に提示した。
コディエ勅使: マオー女王2世とその継承者の勅使としまして、ジェイズ・ボンド様、あなた様をトッカストリアに、ご歓迎いたします。 お許しいただけますなら、このお届けものを、お渡ししたいのですが。
勅使は、詰め込み過ぎの大きな封筒を、差し出した。 ジェイズは、緊張しながら前に進み出ると、その封筒を受け取った。
ジェイズ: えぇ、、、あぁ、っとと、もちろん、頂戴いたします。
封筒を手渡しながら、勅使は、深々と頭を下げた。 ジェイズは、この状況にどうのように対応すべきか分からず、咄嗟に、ぎこちなく、おじぎをした。
コディエ勅使: ありがとうございます。 マオー女王2世陛下は、あなた様をトッカストリア国の貴賓としてお迎えいたします。 お許しいただけますなら、この辺で、御暇(おいとま)させていただきます。
トーマ: お来しいただきまして、ありがとうございました。
勅使は後退しながらゆっくりと客室から出て行き、トーマはボタンを押してドアを閉めた。
トーマ: これで、すべて説明つくね。
ジェイズ: 何の説明がつくの? まだ、よく分かってないんだけどなー。
トーマ: 僕たちの予約、エコノミーの小さな寝台からファーストクラスの客室に、突然に変更されていた。 きっと、女王が手を回したんだと思うな。
ジェイズ: だけどー、なんで、そんなこと、してくれたのー? 僕って、別に、特別じゃないけど。。。
トーマ: 知らないのか?
ジェイズ: 何の話?
トーマ: ジェイズは、ハーフのネコミ人だけれども、とにかく、トッカストリアを訪問する最初のネコミ人っていう事になるんだ。
ジェイズが、その言葉の意味を深く理解するまで、すこし間があった。
ジェイズ: えっ? 僕が? そんなっ、本当にっ? あっ、でもさー、きっと、リンクス元首が公式訪問、少なくとも一回はしてるよねー?
トーマ: してないよ。
ジェイズ: ほんとっ?
トーマ: そうだよ。 ジェイズが、トッカストリアにとっては「初体験」のネコになるってことだよ。 ははっは。 それで、その封筒、開けてみないの?
ジェイズは、勅使から渡された封筒に目をやった。 手に持っていた事すら、忘れていた。
ジェイズ: あっ! そっだ、もちろん!
ジェイズは、封筒の折り返しを持ち上げ、中を覗いた。 中身は見えにくかったので、とりあえず、最初に指に触れたものを取り出した。 それは、紋章が飾られた厚い羊皮紙の文書で、公式の印章のようなものが押され、よじれたような手書きの筆記体で書かれていた。 ジェイズは、文書の内容に全く見当つかず、トーマに、手紙を渡した。
トーマ: うゎっ! 僕も、これを読むのは難しいな。 手書きなだけじゃなくて、古文文法で書かれている。
トーマが真剣な目で手紙を理解しようとするのを、ジェイズは見ていた。 少しして、ジェイズは、トーマを見ていても仕方ないと気づき、他には何が入っているのかと、今一度、封筒に目を戻した。 ジェイズが封筒の中をゴソゴソと探っていると、ようやく、トーマが口を開いたが、彼の声には、驚きの響きがあった。
トーマ: これによると、女王との公式会見が、予定されている。 僕たち2人、一緒にだ。 ここに、日時とその他の事が明記されているけど、、、
その瞬間、トーマはジェイズのビックリしたような声に、言葉を遮られた。
ジェイズ: なにっ、これっ?!?
トーマが顔を向けると、ジェイズが、小さな黒い衣類を手に、苦悩の表情を浮かべていた。
トーマ: それは、絹のビキニ下着だよ。 女王の前では、それを着用していなければならない。
ジェイズ: えぇ? まさか、、、ってことはないよね、、、っていうか、女王が、そんな、確かめたり、しないよねーっ?
トーマ: トッカストリア王室の絹の下着を身につけているかどうかは、服の上からは分からなくても、顔を見れば分かるそうだよ。 もう一枚、入っているかな?
ジェイズは、封筒の中をゴソゴソと探して、ビキニをもう一枚、取り出した。
ジェイズ: そう、、、2枚だけだね。 おゃ、こっちのは、僕の名前が入ってるよ。
トーマ: 試着して、フィットするか確かめてみたほうがいいね。
ジェイズは、手にしたビキニを何度かひっくり返した。
ジェイズ: フィットしないのは、保証済み。 尻尾用の穴がないよー。
トーマ: 穴は必要ないんだ。 これは尻尾より下に履くんだ。 さあ、試着してみて。 もしフィットしなかったら、できるだけ早く勅使に伝える必要があるから。
ジェイズ: 分かったよ、了解。 履いてみるよ。
ジェイズがズボンと下着を脱ぎ始めると、トーマは再び羊皮紙に目を向けた。
トーマ: もし僕が正しく理解してるなら、女王との会見は今日から6日後だ。 シャトルが、スカイパッド・グラダッドの僕の自宅から官邸まで、連れて行ってくれる。 この下着と普段着を着て、何も持たずに来るようにと指示されている。 うーん、、、“普段着”っていうよりも、少しフォーマルなものにする方が、いいと思う。 ジェイズは、スーツケースにそうゆう感じの服、入れて来たのか?
返事はなかった。 トーマが、ジェイズが下着を変えていた方を向くと、ジェイズは身動きも話すこともしなかった。 ジェイズは、ただ、絹のビキニとシャツを身につけていた。
トーマ: ジェイズ?
ジェイズは、ゆっくりと向きを変え、トーマを見た。
ジェイズ: これ、すっごく、気持ちいいーっ!
そして、ジェイズは、トーマの体を上から下まで眺め回し、トーマは、眉を吊り上げた。 突然、ジェイズは、ネコミ人特有の滑らかで機敏な動きで、トーマにさっと飛びつき、、、
ジェイズ: ミャミャーオゥー!!!
、、、そして、ベッドに押し倒した。
つづく
本エピソードのイラスト委託作成:
Miyumon
Jenova87
「都市」画像、及び「シャトル」元画像は、「SimCity 4」の画面です。
「シャトル」画像加工:Jporter