ネコに小箱
イラスト作成: Atomic-Clover
ニュー・ベレンガリア、ルーン・レイク地区、ジェイズの家
ジェイズの家の裏庭は、友人たちと家族で、賑わしかった。 2日後に、ジェイズとトーマが、トッカストリアで一ヶ月もの間滞在する旅行に、出発することになっていた。
幸いな事に、予定通りの屋外バーベーキューをするには、最高の天気だった。 ジェイズのパパ、ティアは、グリルで焼き加減を担当していたが、彼以外は、皆、ビーチに出て、リラックスしながら会話を楽しんでいた。 ジェイズは、ティアが焼いている野菜類がトーマの食用に適しているかどうか、頻繁にチェックしていた。
ジェイズ: パパー。 肉は、どれも、全然、野菜に触れてないよねー?
ティア: ああ、百回も、同じ事、聞いてくるな。 トングも、ちゃんと、2つ、用意してあるからな。
ティアは、バーベキュー・トングを、2つ、見せた。 それでもジェイズは満足せず、ビーチにいる家族や友人たちのところに戻りながらも、時折、父親を見張っていた。 皆が話に花を咲かせている中、アデルは、一人、ビーチ・チェアにゆったりと座っていた。
ジェイズ: ねえ、新しいボーイフレンドは、どうなの〜?
アデル: 彼のこと? ボーイフレンドじゃ、ないよ。 デートしてるだけだ。
ジェイズ: まだ、リカバリ中って、感じなのかな? 一月以上、経ったけどね。
アデル: そうだな。 そうだと思う。
2人は、ジェイズの母と姉とおしゃべりしているアデルのデート相手を、ちらっと見た。 ジェイズの母と姉は、できるだけ愛想よくしていたが、その男の外見に対するショックを隠すのには、苦労していた。
ジェイズ: あそこまでレザーとメタルだらけで、布地をほとんど身につけてない人って、初めて見たよ、ほんと。
アデル: へ、へ、へっ。 まあ、長期の相手じゃないよ。 それより、トーマはどう?
ジェイズ: すぐ元気になるよ。 依存症の初期段階の内に診てもらったし、治療も、もう、ほとんど終わりだよ。 あとは、僕が、トーマに目を光らせておくけどね。
彼らが見ていると、ジェイズの母と姉、そしてアデルのデート相手の会話グループは分裂し、ジェイズの姉は、2人の方に向かってきた。
ナターリア: ハーイ!
ジェイズ: アデル。前に、ナターリアに会ったかな〜? 姉さんは、ベレンガリア大学に進学するつもりなんだよ。
アデル: ここに到着した頃に、会ったよ。
ジェイズ: ナターリアは、トーマと僕にダンスの仕方を教えてるんだ。
ナターリア: 2人共、すごく上手くなってるわ。
トーマ: カップルでダンスするのは、面白い考えですね。 トッカストリアでは、誰も、そうゆうことを、しません。
皆が振り向くと、トーマが近づいてくるが見えた。 彼は、ジェイズの所までやってくると、ジェイズの耳の後ろをなでてから、両腕でジェイズを抱え込んだ。
トーマ: ダンスは、ほんとに、楽しいです。
ナターリア: 楽しんでくれて、うれしいわ!
アデル: どうやって、『文化交流』名目でトッカストリアに行くための長期欠席の許可を、学校から出してもらったのか知らないけど、とんでもない嘘八百が、たっぷりと校長先生に吹き込まれたんだろうね。
ジェイズは、ニヤニヤした。
ジェイズ: まぁそんな感じなんだけど、うまくいったし、でも、まるっきしウソってわけじゃーないよ〜。
アルテミス: ジェイズ!
水しぶきをあげながら、彼らの方に向かってくるアルテミスが見えた。 水の深さは腰まであるにもかかわらず、アルテミスの小柄な骨格には水の抵抗がほとんど及ばないようで、彼は、驚く程、素早く移動していた。
アデル: アルテミスを招待した理由が、何かあるのかな。
ジェイズ: まー、まー。 彼は、口は悪いけど、根は悪い奴じゃないよ。 それに、ネコミ人って、ほとんどがアンドラストに住んでて、ここにはそんなにいないから、自分の周りに同胞がいるのはいいかなって思うんだよね。
アルテミスは、やっと、水の中から出てきた。 彼らの方に向かって、猛ダッシュして来ると、ジェイズの体を、水でビショビショの両腕で、抱きしめた。
アルテミス: ジェイズ、君は勇敢だ、勇敢な男だ。
ジェイズ: えっ? なんのこと?
アルテミス: ミャーハッハッハッ! 分からないなら、私が、その驚くような事を明らかにするつもりはないぞ!
突然、アルテミスは、クンクンと空気を嗅ぎだすと、反射的に頭の向きを変えた。
アルテミス: おぉっ! コーンチップスの匂いがするぞ!
そして、アルテミスは、突然、その場を立ち去った。 皆が彼の奇人変人ぶりを話題にしようとした時、足下の砂がざわめき始めた。 そして、小さなモコモコした頭が、砂の中から現れた。
リュウ: 彼は、行ってしまいましたか?
アデル: ああ、行っちゃったよ。
リュウは、身をよじらせながら、ようやく砂の中から出ると、毛から砂粒を払い落とした。
リュウ: あの人は私を解剖するつもりじゃないかって予感が、いつも、するんです。
リュウが、ジェイズの腕の中に飛び込んで、ほっと一息すると、彼の毛からは、まだ、砂がこぼれ落ちていた。
リュウ: 緊張しているようですね。
ジェイズ: ちょっと不安かな。 カルパティの連邦の外には、一度も行った事ないし、誰かの「故郷」とか「母星」に行くのも、初めてなんだー。
リュウ: 私の母星に来ましたよ!
ジェイズ: それは確かにそうなんだけど、ドラゴン・シティとかそうゆう所に行ったわけじゃないから、そんな感じじゃなかったからねー。
トーマ: ちょっと理解できないのだけれど。 ここは、君の故郷ではないのか?
ジェイズ: まあ、僕はここで生まれたんだけど、ここは、人間にとってもネコミ人にとっても故郷ではないから。 人間は、もともと地球から来たんだし、地球は、技術的に遅れたゴミだらけの汚染された場所で、欲張りな自分勝手な人たちであふれてるからねー。
アデル: アンドラストは、どうなの? 僕は、アンドラストがネコミ人の母星だと思ってた。
ジェイズ: ほんとうのところ、ネコミ人の母星がどこにあるのかって、分かっていないんだよ。 母星を離れた理由も、今となっては明らかじゃないしね。 ずっと昔に、ネコミ人がアンドラストにやってきた時、コンピュータは、データのすべてが消去されて、別の用途に再利用されんだ。 その時代の記録は、すべて失われてしまったんだ〜。
アデル: ミステリーじゃないか! 謎解き、できるんだろうか。
ジェイズ: できないんじゃないかなー。 少なくとも、僕たちの生きてる内には。
会話は、ジェイズが期待していなかった騒音で、中断した。 赤いポンコツのスポーツカーの不規則なエンジン音が、家のガレージの方から、はっきりと聞こえてきた。 車のドアがガタガタときしみながら開けられバンッと閉められる音がすると、ジェイズの耳は、顔の両側に、ダラリと垂れ下がった。
ジェイズ: あぁ〜、ヤダな〜、兄貴のドミニクだよ〜、あの音。 想定外だよ、こんなのー。
タイミングを見計らったように、ジェイズの兄は、家の横から気取って現れ、最大限に“野郎”風(かぜ)を吹かせながら、皆の方に近づいてきた。 ジェイズは、何ヶ月も兄を見ていなかったが、全く、変わっていなかった。 同じボロボロの車。 同じ着古した服。 お決まりの、口からぶら下がっているタバコ。 いつもの、エンジンオイルと無煙火薬の匂いは、驚く程の遠くからでも、嗅ぐことができた。 唯一違っていたのが、眼帯だった。 また安酒場で喧嘩したんだろうと、ジェイズは単純に推測した。
ドミニク: ヨォ、Bro!
ドミニクは近づくと、オイルで汚れた手で、ジェイズの髪の毛を、くしゃくしゃっとした。 ジェイズは兄からもがき離れた。
ドミニク: こいつが、例のウサギのボーイフレンドだな。
ドミニクは、ジェイズにした事をトーマにもしようと近づいた。
トーマ: 僕に触ったら、死ぬことになるよ。
ドミニクは完全に立ち止まったが、同時に、おどすようなせせら笑いを見せた。
ドミニク: お前、今、俺に何て言ったんだ?!?
ジェイズは、トーマとドミニクの間に割り込むと、優しくトーマを引き離した。
ジェイズ: ハハッ! 冗談、言ったんだよー! マジ! ハハハッ! じゃ、行こっか、トーマ!
リュウは、ジェイズの腕から飛び出し、今度はアデルの腕に飛び込んだ。 トーマとジェイズの兄は、敵意のある目を互いに向け続けていたが、ジェイズが、トーマを引きずって行った。 2人が遠ざかった頃、ナターリアがドミニクと口論を始めたのが聞こえた。
ナターリア: よく聞きなさい。 ジェイズに優しくしないと、あんたのしっぽを、殴るわよ!
ジェイズは、トーマに注意を向けた。
ジェイズ: トーマ。 ドミニクに、あんな事言うのは、よくないよー。
トーマ: 彼を、好きではない。
ジェイズ: 僕もそうだけど、でもさー、、、
背後からの声が、ジェイズの言葉を中断した。
カオル: やあ、ジェイズ。 おゃ、ドミニクもいるんだ。 なるほど。
ジェイズ: 残念ながらね。
カオル: とりあえずその件はおいといて、君のママが、君を呼んできてって。 家の中だよ。
ジェイズは、再び、トーマに目を向けた。
ジェイズ: すぐ戻ってくるつもりだけど。 兄さんに近づかないって約束してよ。 容赦なしに、殴りかかって来るだろうから。
トーマ: わかった、約束する。 君の為だ。
ジェイズは、ボーイフレンドに素早くキスをすると、家に向かった。
ジェイズは、芝生の上を家の裏の入り口に向かって、小走りした。 ジェイズがドアを開けて中に入ると、すぐ目の前に、紙袋を手にしてドリンクテーブルに寄りかかっている母親の姿があった。
エレクトラ: あら、良かった。 2人きりで、ちょっと話がしたかったのよ。 出発する前には、もう話す機会がないかもしれないじゃない。
ジェイズ: 別にいいけど。 それで、その紙袋の中身は、何なの?
エレクトラ: では、始めましょうね。 これはね、そのー、、、、分かってると思うんだけど、一ヶ月もの間、ジェイズはボーイフレンドと旅をするわけよね。 一緒に。 2人きりで。 それで、そのね、ある種の『衝動』が、起こるべくして起きるじゃない。
ジェイズは、目を見開いた。 もし母親が、ジェイズがそうではないかと思っている話題を持ち出そうとしているのなら、そして、ジェイズがその話をそらす事ができなかった場合、彼に残された唯一の希望は、隠れ場所を見つけて、そこに逃げ込む事だった。
ジェイズ: ママ! 僕は、19才だよ。 もう、、、それくらいの事、知ってるよ。
エレクトラ: 分かってるわよ、ぼうや。
ジェイズは、まごついた。 では、どうして、ここに呼ばれたのだろうか?
エレクトラは、紙袋の中に手を入れ、ゴソゴソと何かを探し始めた。
エレクトラ: お店に行く前に、ジェイズに聞いておかなかったのは、失敗だったわね。 でね、それぞれ一個づつ、買ったのよ。 選んでちょうだい。 長期の旅行だから、『予防』だけは、ちゃんとしてほしかったのよ。
エレクトラは、小箱を、3個取り出した。
エレクトラ: それで、どのサイズが要るのかしら? 普通、大きめ、それか、タイタン?
ジェイズは、ぞっとする思いで、小箱を見た。 間違っていた。 逃げ込むだけでは、不十分だった。 彼は、どこかに這いずって行って死んでしまいたかった。
ジェイズ: ママーっ!!
トーマ: ジェイズには、タイタンです。
ジェイズは、ぐるっと振り向き、トーマが家の中にいる事に気づき、ビックリした。
エレクトラ: まあ、素晴らしいわね! お父さんが、とても誇りに思うわよ!
ジェイズは、再び、ぐるっと振り向いた。 会話内容が、秒刻みに、より酷くなっていくようだった。
ジェイズ: ママっ! パパには、絶対、何も言わないでよーっ!
エレクトラは、それには耳を傾けず、その代わり、再び紙袋の中をゴソゴソとやりだし、さらに4箱の小箱を取り出した。
エレクトラ: それで、リンゴ、バナナ、チェリー、グレープのどれがいいかしら?
トーマ: 4つ、全てかな?
ジェイズ: ママーっ! 僕はねー、、、
と、ジェイズは言いかけたが、言葉が止まり、両耳が頭の上にピンと立った。
ジェイズ: フルーツ『風味』のが、いろいろあるの〜?
つづく。。。
本エピソードのイラスト委託作成:
Miyumon
Kurama-chan
Atomic-Clover
Jenova87
Catnappe143
「都市」の画像は、「SimCity 4」の画面です。