エモ・ネコ
トッカストリア、ヴァレフォー、スカイパッド・グラダッド
ふかふかのソファの上でトーマにぴったりと寄り添っているという状態に、ジェイズは甘んじていた。 到着してから3日目、見知らぬ人々にじろじろ眺められる心配をする代わりに、今日は、部屋の中で過ごしていた。 トーマはジェイズの肩に腕を回したまま、ホロビジョンを見ていた。 ジェイズは トッカストリアのドラマを理解しようとするのは、疾(と)うにあきらめていた。 彼は、トッキ人は皆、『異常に好奇心旺盛で非常に飽きっぽい』という結論に至るには躊躇していたものの、煌びやかな物が道を横切っただけで騒いだりする大衆を目にしたり、慌ただしいペースで進行するホロビジョン番組を見ると、彼らに対してこの印象を持つ事は、ますます、避けがたくなっていた。 ジェイズが、何か忘れていたかなと思い始めていたちょうどその時、トアのベルが鳴った。
トーマ: やっとだ。 たまには時間どうりに来てくれてもいいのにな。 トーマが立ち上がってドアに向かうと、ジェイズは自分が何を忘れていたかに、ようやく気づいた。
ジェイズ: あぁっ、そうだった。 トーマの友達が来るんだったよね? 名前、何だったかな〜? トーマは、ドアノブに手をかけた。
トーマ: カズマ。 トーマがドアを開けると、ジェイズは急いで自動翻訳機のスイッチを入れた。
カズマ: トーマ! カズマはすぐにトーマを抱き締め、2人はキスをした。 ディープキスではなかったが、ジェイズは嫉妬の念を一時的には感じざるをえなかった。 カズマはジェイズに視線を移すと、近づいて行ったが、不安感を与えるほど接近しすぎる手前で止まった。 ジェイズにとってはトッカストリア式の挨拶が全く心地よいというわけではないことをよく承知しておくようにと、トーマはカズマに前もって確認させていた。
カズマ: ジェイズ、よね? きゃー、なんて、かわいい耳なの! 触っちゃってもいいかしら? 少なくとも丁寧な人だなと、ジェイズは思った。 知らない人に耳を摘まれるのには慣れていたが、許可を求められる事は、滅多になかった。
ジェイズ: ええ。 でも、ジェイズには、全く予想不可能だった。 何度も耳を摘まれてきたので、摘み方にも色々あると、気づいていた。 いじくり回すような摘み方もあれば、もっとイヤらしい摘み方もある。 カズマは、指でもてあそぶのに興味津々というような感じで、ジェイズの耳を摘んだ。
カズマ: これで、この騒動の原因が、ようやく分かったわ! ニュー・ベレンガリア行きのスターライナーの予約、できなかったよ。 ほんと、残念だわー。 何ヶ月も先まで、全部、満席なのよー。
トーマ: 驚かないな。
ジェイズ: 満席なの?
カズマ: あら、ご存知ないのかしら?
ジェイズ: って、何の事?
カズマ: あなたがここに来た時の報道陣のお祭り騒ぎ以来、ニュー・カルパティの観光旅行は、予約殺到してるのよー。 ジェイズは驚いたと同時に、この最新流行には大きな落とし穴があるのに気づいた。
ジェイズ: あのー、もし僕みたいな人たちに会いたいのだったら、ニュー・ベレンガリアよりアンドラストに、もっと沢山いるから、その方が。 実際、僕の住んでる辺りには、それほどいないんだよ。 カズマは、極秘内部情報を得たかのような「よこしまな笑み」を、満面に見せた。
カズマ: そうなの? あらまっ! 他の人には、言わないで、お願いー。 少なくとも、私が予約するまでは、内緒にしておいてくれる〜? ジェイズは、自分が、たった今、口走った事が、どんな騒ぎを引き起こすことになるだろうかと、身をすくめた。 アンドラストの都市スターライト・シティに、大勢のトッキ人と、四方八方に逃げ惑うネコミ人の姿が、目に浮かんだ。 ジェイズは、その情報を秘密にしておくのには、異論はなかった。 全国放送したくなるような内容の事ではなかった。
ジェイズ: 大丈夫でーす。 カズマは、トーマに注意を戻した。
カズマ: ほんと久しぶりよね、トーマ。 ニュー・ベレンガリアが大好きなのね、きっと。 前よりも、元気そうにも見えるし。 カズマがトーマに近づいていったので、ジェイズは心穏やかではなくなった。 残念ながらジェイズにとっては、状況はより悪くなっていった。 カズマはトーマにさらにじりじりと近寄り、ついには、トーマの太ももを擦りはじめた。 ジェイズは、唖然とし、脳内空白状態になり、意味不明な言葉以外、見つからなかった。
ジェイズ: うぅぅ、、、ぐぅぅぅ、、、ばぁぁぁ、、、
トーマ: ジェイズ。 長い間会っていなかった昔なじみと再会したら、どうゆうことが起きるかって話したの、憶えてる? ジェイズがその話を思い出すのには、すこし時間がかかった。 ここ数日間、トーマは、トッカストリアでの様々な常識と非常識を次々とジェイズの頭に詰め込んでいたので、そのすべてを整然とさせるのは簡単ではなかった。 だが、トーマが何の事を言っているのかは、非常に明白だったので、その会話の内容を思い出すのに、それほど時間はかからなかった。
ジェイズ: あぁっと、そうだった。。。 ちょっと、忘れてたよ。。。 あぁっ、、、散歩してくるから。 ジェイズは、ドアに向かって行った。
カズマ: そんな気をつかわなっくいいわよ〜! 3人一緒でも、私は全然いいわよ〜。 トーマも、賛成するわよねー? カズマは同意を求めるようにトーマを見たが、トーマはすでに頭を振っていた。 2人のどちらかが何か言う前に、ジェイズはドアに急いだ。 去り際に、ジェイズは、振り向いて、ぎこちなく笑った。
ジェイズ: すぐに戻るから! ジェイズは、夕暮れの身の引き締まるような空気の中、歩き続けた。 通りの向こう側のベンチに、ちょっと腰掛けようかと思ったが、そのまま歩き続けたかった。 ついには、グランドレベル行きのエレベーターの所まで来てしまっていた。 スカイパッドは、少なくとも200階建てに相当する高さがあったので、エレベーターで降りるのはかなり時間がかかった。 ありがたいことに他には誰も乗っていないのは、時間が遅いせいかなとジェイズは思った。 ドアが開き、なま暖かい突風に吹かれ、ジェイズは通りに踏み出した。 一人で歩道を歩くのは奇妙な感覚だった。 トッカストリアで、トーマと一緒にではなく、外出するのは、初めてのことだった。 人も車も、多くなかった。 にもかかわらず、ジェイズは300メートル以内の誰からでもすぐに見つけられるようで、人々は立ち止まり指差しじろじろと見つめた。 通りを横切ると、通りすがりの車が何台も速度を落とした。 そして、ジェイズは、手入れの行き届いたレンガ敷きの小道が十時交差しながらぐねぐねとあらゆる方向に伸びている広大な公園に、ぶらりと入って行った。 ジェイズは、小さな円形競技場にほとんど人気(ひとけ)がないのに気づき、一人きりでいるのには最適な場所だと思った。 頭に浮かんだ唯一の事柄は、トーマとの関係がうまくいくだろうと思った事は浅はかな考えだった、ということだった。 この奇妙な状況をうまく発展していけるなどど、どうしようもなく楽観的に考えていた。 どうやって、嫉妬心にかられながら残りの人生を過ごせるのか、分からなかった。 トーマのせいではない、しかし、おそらく、文化の違いが大きすぎるのだろうと、思った。 時が経てば、この状況になれてくるのだろうかとも思った。 でも、もしそうならなかったら? トーマとの関係がうまくいく可能性に、無駄になるかもしれない今後数年間を、かける価値があるのだろうか。 数々の思いと疑念が頭を駆け巡り、付随して、かなり突飛なストーリ展開と選択肢も、頭の中に描かれた。 思案に暮れ、ついには、時が過ぎるのも全く忘れていたが、その時、聞き覚えのある声がした。
トーマ: そんな所にいたんだ。 ジェイズが何も言う前に、トーマはジェイズが座っているすぐ隣に寝転がりジェイズの膝の上に頭を載せた。 トーマが下から笑いかけると、トーマらしくない意外な行動に、ジェイズは顔をしかめた。
ジェイズ: 簡単に僕を見つけたね。
トーマ: それほど難しくはなかった、実際。 通りで、ネコ・ボーイが何処に行ったかって聞いたら、みんなこの方角を指差したから。 ジェイズは目をぐるりと回した。 だが、有名人になっているということは、今、話題にしたいことではなかった。
ジェイズ: そんな風に、膝の上に頭を載せられるの、あんまり好きじゃないかも。 トーマは、すこし移動し、ジェイズの体のより近くに、頭を押しつけた。
トーマ: 嫌いじゃ、ないだろ。 トーマの言う通りだった。 トーマの頭がそんな位置にあったら、拒否するのは不可能だった。 と同時に、トーマが不可思議な行動をしている事を否定するのも不可能だった。 ジェイズが唯一確信したのは、トーマには何か企みがあるにちがいない事だったが、それが何かは見当がつかなかった。
トーマ: 僕の耳の後ろ、くすぐってくれないか?
ジェイズ: なにって?
トーマ: 耳の後ろを、ちょっとくすぐってくれよ。 ジェイズは、どういう方向に進んでいくのだろうかという単にそれだけの理由で、トーマの茶番劇に付き合おうと考えた。 屈んで、トーマの耳の後ろを優しく撫でた。
トーマ: んーぅーん。。。気持ちいいよ。 次はどんな言葉が飛び出してくるのだろうかと思いながら、ジェイズは、無言で撫で続けた。
トーマ: 今後は、ジェイズだけに、僕の耳の後ろを撫でて貰う事に決めた。 ジェイズは、トーマが今言ったことをよくよく考えながら、撫で続けた。 重要な意味が込められているにちがいないと思ったし、それに、トッカストリアでは、ウサちゃん達は、所かまわず互いの耳の後ろを撫で合っていた。 そういう点から見ると、カルパティでの握手のように、一般的だった。
ジェイズ: それって、トーマが変人っぽくならないの? 突然、トーマは、もはや笑っていなかった。
トーマ: すでにもう、変人だからね。 僕たちお互いの親に会いに行った後、話した事、覚えているかい? 一人のパートナーと生涯を過ごすトッキ人の事だけど?
ジェイズ: 憶えてるよ。 確か、「モノ」って、呼ばれてるんだったよね?
トーマ: その通りだ。 もし、仮に僕がモノだったとすると、実際そうだと思うけど、もうその時点で、変人ってことさ。 この事は、僕たち2人の間だけで、秘密にしておかないといけない。 ジェイズの疑惑は、鉄板の上の氷のように、たちどころに、溶けた。
ジェイズ: 僕たちの間だけの秘密って、いいかもね。 でも、友達とでもセックスするのは、どうなるの?
トーマ: もしジェイズが望むなら、その事も諦めるけど、でもそうすると、無二の親友のカズマを失う事になると思う。 トッキ人にとっては超えてはいけない一線を、超えてしまう事になるだろうから。 ジェイズは、その事について、長く考える必要はなかった。
ジェイズ: ダメだよ、それは。 そこまでトーマに要求するつもりはないよ。 耳撫で、させない事だけで、十分だよ。 トーマは、ポケットに手を入れた。
トーマ: ジェイズに、買ったんだ。 ジェイズは、トーマの耳を撫でていない方の手を差し出した。 トーマは、何か小さな物を、その上に落とした。 ジェイズは、よく見えるように、街灯の明かりにかざした。 それは、浅緑色の宝石が2つ付いた銀の指輪だった。
トーマ: カルパティでは、カップルは、よく、お互いに指輪をプレゼントするって、気づいたんだ。 ジェイズは、その指輪を見ながら、どうやってトーマの考え違いを、できれば遠回しに、訂正しようかと思い悩んだ。
ジェイズ: トーマ、すごく嬉しいよ。 確かに、カップルは指輪を相手に贈るけど、普通は、結婚式で、互いに交換するんだよ。 トーマはジェイズの手に、自分の手を伸ばした。
トーマ: あっ、そうなんだ、ごめん。 じゃあ、返してもらおうかな。 ジェイズは、トーマの手から、自分の手を遠ざけた。
ジェイズ: でもー、そうだね、もしトーマがいいんだったら、プレゼントとして貰っておきたいな。 今、婚約するわけじゃないけど、いいよねー? トーマは再び笑った。
トーマ: それで、いいよ。 ところで、トッキ人の繁殖登録って、聞いた事あるかな?
ジェイズ: ないけど。
トーマ: ここでは男女間の関係は禁止されてるから、子供が欲しい場合は、予め、登録をして名前がリストに記載されていないといけないんだ。 順番待ちが、大体、5年くらいあって、その後で、抽選があって、そこで、もし選ばれると、遺伝的な欠損がないかを調べられてから、女性とカップリングされる。 僕は、ニュー・ベレンガリアに行く前に、登録を済ませたけど、もし、ジェイズも登録したかったら、パパがちょっと圧力をかけれると思う。
ジェイズ: トッキ人じゃなくても、大丈夫なのかな〜?
トーマ: まだ分からないけど。 おそらく、トッキ人以外では初めての登録になるだろうね。 もし、ジェイズが興味あるんだったら、やってみる価値はあると思う。 今は乗り気でなくても、後で決心が固まる時もあるし。 誰にでも、気が変わることって、よくある事だろう。
ジェイズ: そうだね、いつかは家族を持ちたいって思うけど、でも、もっとよく考えてみないとね。 この指輪のことや繁殖登録のことを話してくれて、トーマはカルパティの結婚について、トーマが自分自身で思ってる以上によく理解してるって、思うなー。
トーマ: この事も、結婚に関係しているのだろうか?
ジェイズ: 繁殖登録は、そうじゃないけど、でも、子供を持つって事は、もちろん、関係あるよー。 ジェイズは愉快そうに微笑んだ。 彼は、トーマがこれらの話の全てを、知らず知らずに偶然、持ち出したのか、それとも、そんな風に見せかけているが本当は計算済みだったのかは、判断できなかったが、どちらにせよ、かわいいなっと思った。
ジェイズ: カズマは、まだ、いるのかな〜?
トーマ: ああ、いるよ。 行為の後、ジェイズを捕まえて戻って来るまで待っててくれって、頼んだんだ。
ジェイズ: お客さんを、一人きりで置いてきぼりにしたのは、失礼だったねー。 まあ、とにかく、僕たちの関係の事は、決めておくべきこととか、これから徐々に、分かってくるだろうね。 それとっ!、カズマとの行為の事だけど、ベトベトとかぐちゃぐちゃとか、乾いた跡とか、シャワーあびて、体に付着してるの、全部、きれいに洗ってよね、絶対、触りたくないからさー。
トーマ: ハッハッハー。 了解。 トーマは、座り直し、それから、立ち上がろうとしたが、その時、ジェイズがトーマの首の後ろを掴んで引っ張った。 2人は、長い間、キスをした。 暮夜の徘徊者たちが、気づいて立ち止まるくらいに、長い間。 キスを終えると、ジェイズはトーマがくれた指輪を指にはめた。 驚いたことに、ピッタリだった。
ジェイズ: わっ! 僕の指輪のサイズ、どうして、分かったの?
トーマ: 眠ってる間に、測ったよ。 つづく。。。 本エピソードのイラスト委託作成: 「都市」の画像は、「SimCity 4」の画面です。
Miyumon