女王とネコ


トッカストリア、ヴァレフォー、スカイパッド・グラダッド

ジェイズは、リビングルームを不安げな様子で行ったり来たりし、時々、立ち止まっては、膝をついてカーペットを掻きむしった。 マオー女王II(2世)に謁見するために、同行のコディエ勅使の到着を待っていた。 もしかしたら、トーマも緊張していたのかもしれないが、表に出してはいなかった。 彼は、ただ椅子に座って本を読みながら、時折、ジェイズが何をしているかと、ちらりっと目を向けた。

トーマ: ジェイズ。 掻きむしるの、止めてくれないか。 父さんがこの家に帰って来たら、無傷のカーペットを見たいだろうから。

ジェイズは、引っ掻き動作途中で、ハッと固まった。 彼は緊張しすぎで、自分が何をしていたのかさえ気づいていなかった。

ジェイズ: あぁぁっ。。。ごめーん。。。

トーマ: まあ、王室のシルク下着を着けていると、落ち着いた気分には、ならないけど。

ジェイズ: あのシルクビキニを着てさえすれば、ほんとに、それだけで大丈夫なんだよね。 でも、ほんとに、こんな格好でいいのー? 惑星の支配者に会いに行くっていうより、クラブに踊りに行くみたいだけど。

ジェイズは、両腕を広げ服に触らないように気をつけながら、自分の服装を確認した。 指示された通り、普段の服を着ていたが、わずかなほこりさえ、つけたくなかった。

トーマ: その格好で大丈夫だ。 例のビキニと「それ」を着けてさえいれば、何も問題ない。

トーマは、「それ」と言いながら、ジェイズの首の辺りを指差した。 ジェイズは、幅広いレザーの首輪に無意識に手を伸ばした。 その首輪は、メタル・スタッド(飾り鋲)の付いたリストバンドとチェーンで繋がっていた。

ジェイズ: これっ?! フォーマルと普段着の区別、これだけなの?

トーマ: 分かってきたね。

ドアにノック音がし、それは、トーマにつかの間の安堵をもたらした。 女王に謁見する時が差し迫っていることはもとより、ジェイズの緊張しっ放しな様子が、トーマを不安にさせていた。 ジェイズに家が破壊されてしまう前に、今すぐにでも出発できるのだろうかとの希望を胸に、トーマはドアに向かった。 だが、ドアを開けて、トーマは驚いた。

ヴェリタス大使: やあ!

トーマは、この後何が起こるか十分承知していたので、これ以上何も破壊されないよう願った。

ジェイズ: わぁーっ!

*ドッシン*

「ドッシン」という音は「ガッチャーン」よりも、いいなと、トーマは思った。 ジェイズが椅子の後ろに跳び込み、命がけで椅子の両側を掴んだまま周りを見回しているのを、トーマは見つけた。 ヴェリタスはクスクスと一人笑いした。

ヴェリタス大使: 永久不変だな、これは。 慣れてくるよ、トーマ。 ネコミ人は、ハーフも含めて、皆、驚くと、この行動をする。

トーマ: あっ、でも、僕も、驚いています。 あなたが、今日、来るとは予想していませんでした。

ジェイズ: そっ、そうですょ〜、僕たち、コディエ勅使を待ってたんです。

ヴェリタス大使: 何だと? 君たちは、クイーンズ・タワーまで、あの堅物人参男にエスコートしてもらう方がいいのか? そうじゃないよな。 エスコートの許可はもらってあるのだ。 君さえ、よければだが、ジェイズ。 そろそろ、椅子の後ろから出てこないか? 何もしないぞ。

ジェイズは、ビクビクしながら椅子の後ろから出てくると、ヴェリタスの方にビビリながら歩いて行った。 前回ヴェリタスに会った際、ジェイズは、ほとんど常に、トーマの背後に隠れるようにしていた。 今回、このように、ウサギ防御シールドが無い状態だと、ベリタスの小柄さに、より強く印象づけられた。 超有名人ではあるものの、自分より小柄なヴェリタスに対して、ジェイズは恐怖心が和らいできた。

ヴェリタス大使: では、お互い気心が知れた所で、出かけようではないか? シャトルを外に持たせてある。

ヴェリタスは、シャトルを待機させてある場所まで2人を導いた。 シャトルが飛び立ち、都市の上空に舞い上がると、ジェイズは窓から外を眺めた。

ヴェリタス大使: 本当の所、あの堅苦しい勅使に同行してもらう様な目に遭わせない、というのは、今日私がやって来た理由のすべてではない。 女王に謁見するにあたり、前もって警告されるべき事項があるのだが、あの勅使がそのような事を口にするはずがないのだ。

ジェイズ: 警告? 警告って、一体、何に対する警告なんですか?

これこそ、まさにジェイズが聞きたかった要件であり、ヴェリタスがわざわざこの場で持ち出すほど重要な事であるのだからと、ジェイズは集中して耳を傾けた。

ヴェリタス大使: トーマ。3年程前だが、王室議会での女王の演説を憶えているか?

トーマ: 誰でも憶えているでしょう。 女王は、演説内容が書かれた羊皮紙を手に取ると、それを巻いて、望遠鏡を覗くみたいにしながら、群衆に向かって、「皆が見えるわ!」って叫んだんです。 あれ以来、民衆の前には、ほとんど姿を見せていない。

ヴェリタス大使: その通りだ。 トーマ、失礼な事を言うのは申し訳ないが、実のところ、マオー女王IIは精神をかなり乱されているようで、世話焼き係たちが、できるだけ、表舞台に出さぬようにしているようなのだ。

ジェイズ: その話、聞いて良かったのかどうか、微妙だな〜。

ヴェリタス大使: まあ、少なくとも良い話としては、女王を怒らせることは、ほぼ不可能であるということなので、あまりに神経質になる必要はない。 言うまでもないが、行儀よくしてくれ。

ヴェリタスは窓の外を見た。

ヴェリタス大使: おぉっと、もうまもなくだな。

トーマとジェイズは、窓から、クイーン・シティを、遥か眼下に眺めた。

そびえ立つ巨大な塔は、全く見間違えようもなく、周辺にあるものすべてが小さく見えた。 どれがクイーンズ・タワーなのかと聞かれる事は、絶対に無いだろう。

シャトルは、塔の低層部に近づくと、塔の周りを旋回した。

ジェイズ: あれって、ビーチなの?

トーマ: 女王専用のプライベート・ビーチだ。

シャトルは、ゆっくりとタワーの中層部まで上昇し、慎重にドッキング・ステーションに近づいた。

シャトルのドアが開き、ジェイズとトーマは外に出た。 彼らが降り立ったのは、高所恐怖症の者なら卒倒しそうな場所だったが、2人のどちらも、特に高い所が怖いわけではなかったのは幸いだった。 だが、恐怖症でなくても、歩行用通路の上を歩くのは、辛かった。

ジェイズは振り返り、ヴェリタスが来ない事に気づいた。

ジェイズ: 来ないんですか?

トーマ: あのビキニ下着を身につけてないなら、来れないよ。

ヴェリタス大使: あれはちゃんと着けているが、招待されていないので、一緒に行けないんだ。 男性は、招待状を持っていない限り、このような高さの所で塔の中に入る事は許可されていないんだ。 心配するなっ! 君たちが戻ってくるまで、ここにいる!

シャトルのドアが閉じた。 ジェイズとトーマは、反対側にあるドアの方に向かって歩いて行った。 ジェイズは、次は何をすべきなのかなっと思っていた。 ドアベルを鳴らすべきなのかな〜?

色々と考えるほどもなく、ドアが開き、武器のような物を手にした非常に威圧的なトッカストリアの女性が姿を現した。 彼女は、ジェイズとトーマに向け全面に武器を突き出し、2人は、その場に立ちすくんだ。

ミンジ: 止まれ!

ジェイズは、目を大きく見開き、息をころして、目の前の女性を見た。 トーマが咄嗟に自分の手を握ってきたので、ジェイズは、トーマもビビっているのだろうと思った。

ミンジ: 我はミンジ。 この塔の護衛だ! 名を名乗れ!

ジェイズが、かろうじて聞こえるような鳴き声を出した。 トーマが自分たちの名前を言おうとした時、別の声が聞こえてきた。

アエチャ: ミンジ、失礼のないようにな。 此方らは、トーマとジェイズである。 招待されておる。

別の女性が戸口を抜けやって来て、ミンジの武器に手を置いた。

ミンジ: 我は、仕事をしただけだ、アエチャ。 その機会があまりないことは、神のみぞ知るがな。

アエチャ: あぁ、それが平和な社会に住むことの代償だ。

トーマ: あの、すいません?

ミンジとアエチャは、振り返った。 いまだ外に立っているジェイズとトーマのことを、完全に忘れていたようだった。

トーマ: ちょっと寒くて風も強いんですが。

アエチャ: 其方の言う通りだ。 中に入れ!

ジェイズとトーマは、喜んで、内部に足を踏み入れた。 ミンジがスイッチを押すと、彼らの背後で、ドアがプシューと音をたてて閉まった。

アエチャ: 我はアエチャ、此れはミンジだ。 クイーンズ・タワーへ歓迎する。

ミンジ: 我々が、其方らを、主謁見室まで案内する。

ミンジとアエチャは、来るよう彼らに手招きし、近くのエレベーターに向かった。 エレベーターが上昇中、誰も言葉を発せず、ジェイズはずっとそわそわしていた。 建物の規模は、外から見ただけでもすごかったが、それは内部からだと、より実感できた。 彼らは、すでにタワー中層の高さに居たにもかかわらず、そのエレベーターに乗っている時間は、とても長かった。

ようやく、ドアが開き、トーマとジェイズは2人の女性の後について出た。 謁見室の戸口には、何かもっと崇高な感じのものを期待していたが、今のところ彼らが目にしているのは、標準サイズの観音開きの扉だけだった。 ミンジとアエチャそれぞれが左右の扉の取っ手を取り、観音開きを押し開けた。 戸口は謙虚なものであったかもしれないが、そこから広がる謁見室ホールはそうではなかった。 アーチ形天井が数階分相当の高さに持ち上げられ、上部まで続く何列もの窓からは心地よい日の光が流れ込んでいた。 壁は無数の壁画で覆われていたが、それらは、牧歌的な風景ではなく都市での生活風景を描写したもので、ジェイズからしたら、変だった。

床はシンプルなタイルで覆われていた。 部屋の奥にわずかに隆起した演壇があり、その上に女王のためと思われる玉座が備えつけられていた。 演壇の前には小さな平らなクッションが2つ置かれていた。 ミンジとアエチャが、それらのクッションをトーマとジェイズに指し示した。

アエチャ: そこに、座っておれ。

トーマは、すぐに座り、足を交差させた。 ジェイズも見よう見まねで同じ事をした。 アエチャとミンジは玉座の両側に位置を構えた。

ミンジ: トッカストリア君主、女王陛下、マオー女王2世であらせられる。

ジェイズには、突然すぎる発表だった。 暇つぶしする暇もなかった。 礼儀作法の復習もなし。 クッションにドスンとしたら女王登場。 ジェイズは、ソワソワしないようできる限り冷静でいようと務め、視界にかろうじて入るトーマを横目で観察し続け、すべての行動を真似ようとしていた。

部屋の奥にある小さな扉が開き、若いトッキ人の女性が出てきた。 歩くと風になびく白いシルクとリネンに身を包んでいた。 気品と優雅さをもちながらも、堂々とした足取りだった。 彼女は、まぎれもなく、女王だった。

ジェイズ、トーマのどちらにも目を向けることなく、玉座に進み、腰を下ろし、すると、肘掛けに片脚をもたせかけた。 女王の振る舞いとしては、ちょっと変わってるなと、ジェイズは一瞬思ったが、ヴェリタスが女王の精神状態について言っていたことを思い出した。

女王が着席してから、トーマが小さくおじぎをしたので、ジェイズも同じようにした。 女王は、この時になってようやく、2人に直接、目を向けた。 ジェイズは、あえて身動きせずに、ただ、女王が話し始めるのを待った。 だが、女王は話をする代わりに立ち上がると、ギラギラと大きく開いた目でジェイズを眺めだしたので、ジェイズは、座ったまま怯えた。

マオー女王II: おぉーぉ! こんなカワイイもの、初めてみるぞ!

ジェイズが次に見舞われたのは、驚異的な速度で自分に突進してくるトッキ女の突発的行動だった。 ジェイズは、礼儀作法からというわけではなく恐怖で体が硬直してしまい、ミサイル女王をかわそうと試みさえしなかった。 女王に細かく調べ上げられている間、ジェイズはほとんど何もできなかった。

マオー女王II: なんとも、まぁ、カワユイ耳! それに、この顔っ! とっても愛らしーっい! お前、下着を着けてるだろうな?

ジェイズが気づいた時には、彼のズボンは足首まで下ろされ、女王が床に膝をついて彼のビキニを見つめてた。 女王は興奮して手を叩いた。

マオー女王II: ぴったりでは、ないか! ぴったりっ! それに、この尻尾っ!

女王は尻尾を引っ張って、ジェイズを床にうつむけにした。

ジェイズ: わーっ!

女王は、ジェイズの尻尾を先から根元まで撫で回し、ジェイズは、助けを求めるようにトーマと2人の護衛に目を向けたが、女王様の行為を邪魔しようとする者はいなかった。

マオー女王II: この尻尾を使って、何ができるかって言ったら、あれしかないわよねー! 想像しただけで、興奮してきちゃったわっ! 絶対、お前としたいわっ! 今、すぐに!

ジェイズの驚いたことには、護衛の一人が、口を開いた。

アエチャ: 女王陛下。 許可されないかと存知ますが。 この者は、繁殖登録簿に載っておりません。

女王がジェイズの尻尾を放したので、ジェイズはゆっくりと仰向けになった。

マオー女王II: あらまぁ、ざ〜んねん。 じゃあ、あの男は、どうなの?

彼女はトーマを指差すと、トーマに向かって、四つん這いではって行った。

マオー女王II: お前は、美しいな! それに、金色の目が、すごくいいっ!

嫉妬心にかられたジェイズが、我を忘れて、おもわず口にしてしまう言葉が、彼の人生を大きく変えることとなる。

ジェイズ: ちょっと! 僕のボーイフレンドだよっ!

たちまちのうちに、部屋は静まり返り、皆の目が彼に集中した。 護衛は2人とも、完全に慄然とし、トーマは、ニヤニヤしていた。 だが、女王は、、、女王の心中を読み取る事は、気が遠くなりそうなくらいの間、ジェイズにはできなかった。 女王は、無表情で、頭を左右に傾けた。

マオー女王II: これって、「嫉妬」って言う物なのか? 初めて目のあたりにした! ますます、お前としたくなってしまった!

そして女王は、再び突進した。 ジェイズは後方に逃げようとしたが、女王はあまりに素早く、たちどころにジェイズの上に伸し掛かった。 ジェイズの顔近くに覆い被さり、頬を撫でた。

マオー女王II: おや、お前、濡れてるぞ! 天井に水漏れでも、あるのか?

トーマ: 「汗」と言うもので、人間やネコミ人は、緊張したり暑く感じると、体から出て来るのです。

マオー女王II: すっごく、魅力的!

女王は、自分の鼻とジェイズの鼻が触れる程、さらに密着し、そして、深く臭いを嗅いだ。

マオー女王II: この臭い、、、とっても男性的、、、もう我慢できないっ! ミンジ!

ミンジ: はい、女王様?

マオー女王II: 今すぐ、ジェイズを「登録」して!

ミンジ: はっ、はいっ、女王陛下。

ミンジが小走りに部屋から出て行くと、女王はジェイズに注意を戻した。

マオー女王II: それで〜っ、私の子猫ちゃんは、何て言うのかしら〜?

まるで、ジェイズのコートに突然ボールが投げ入れられたようだった。 決断を目前に突きつけられ、垂れ下がった両耳は頭部に張り付き、ジェイズは助言を求めるかのようにトーマに目を向けた。

トーマ: ジェイズに、任せるよ。

ジェイズの目は、トーマと女王の間を行ったり来たりしていた。 まるで、テニスの対戦で、2人の間を行き交うボールを、目で追うように。


そして。。。

トーマとジェイズは、ドアを出て、到着した同じ場所で2人を待っているシャトルに向かって、歩いていった。

ジェイズ: トーマ、ごめんなさい。

トーマ: ジェイズの判断に任せるって言っただろ。 謝るのは止めろよ。

シャトルのドアが開き、彼らは中に入った。 ヴェリタスは、まだ待っていた。 ノートパソコンを脇によけると、ワクワクしながら2人を見た。

ヴェリタス大使: かなり長い時間、上に行ってたな。 それで、どうだったのだ?

始めは、2人のどちらも、何も言わなかった。 ようやく、ジェイズが、下を向いて指をいじりながら、かろうじて聞こえるような小声で話した。

ジェイズ: あの〜、、、フォックスさん、、ヴェリタスさん、大使さん。 その〜、トッカストリアでの子育てについて英語で書かれた本、ご存知ありませんか? 必要になりそうな可能性が、あるんです。

ベリタスは、突然、両目をディナー皿くらいに大きく見開いた。

ヴェリタス大使: まっ、まっさっかっ、、、

ジェイズは、ちらりとヴェリタスに目を向け、そして、再び、下を向いた。

ヴェリタス大使: ヴェリタス大使: そうなんだな、なんて事だっ! こんな面白い出来事は、今まで、耳にしたことが無いぞ! 君たちのどちらでもいいから、最初から話をしろ! どうして、こんな事になったのか、知っておく必要がある。

ショート・ストーリー、第5巻、完了です。
本編「クリスタルの破片」も、ぜひ、ぜひ、読んで下さ〜い。

本エピソードのイラスト委託作成:
Miyumon
Ensoul
Kurama-chan
Jenova87

『ジェイズと女王』イラスト委託作成:Jenova87

「都市」の画像は、「SimCity 4」の画面です。

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